「二二拍手

第五話 ヤミヨミの神父

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「日和を助けて! お願い!」
 美鈴は神父に詰め寄った。神父は僅かに身を引くと、触れないように距離をとる。
「はい?」
 優しげな顔に疑問を浮かべる。
「日和が――崖から落ちそうなの! 助けて!」
「ふむ。それは可哀想に」
 神父は彼女の目の前で十字を切った。
「アーメン」
「助けてよっ!!」
 美鈴は絶叫した。
「大義に犠牲はつきものです。彼には可哀想なことをしました。運がなかったのですね」
 美鈴はその言葉を聞き、頭に浮かんだことはただ一つのことだった。
 手に持った鏡を振り上げる。
「汝、動くなかれ」
 ピタリ、と美鈴が硬直する。
「思い切ったことをする」
 僅かに冷笑を浮かべた神父は、彼女の両手から鏡を奪った。
 その瞬間――
 晴れた空に雷光が瞬いた。
 轟音が轟き、神父へと神の怒りが振り下ろされる。
「くっ――我傷つけることなかれ!」
 御言葉を唱え終わるのが僅かに早い。
 雷は神父を直撃した。
「ぐ、お・お・お・お・お・おッ!!」
 電撃が体中を駆け巡る。神の御技により遙かに威力は弱まっているが、それでも人一人を屠るだけの電力を持ち合わせてはいるようだった。
 次々と稲光が輝き、周りの樹の何本かに命中し、頭から真っ二つに裂かれる。それを見た神父は、自らの神と同じく、日本(ひのもと)の神にも畏怖を覚えた。
 鏡を取り落とす。
 落雷は唐突にやんだ。
「ぐはぁ! ハッ、ハッ、ハッ、ハッ、ハァァ!」
 焦げ臭いにおいがする。服と、あと、皮膚にもいくらかやけどを負ったようだった。
「”神罰”……」
 地に転がった鏡を、神父は畏怖するように見つめた。
「異教徒は、認めないということですか」
 よろよろと、近くの樹木に肩を寄せる。
 ちりちりと、髪の毛のほうに火の舌が伸びてきた。雷によって樹木が燃え、一帯を飲み尽くそうと火の波がそこら中へと舌を伸ばしている。
 まだ、事が知れるのは不味い。



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