「二二拍手

第四話 式神演舞

 金剛はそういって、お猪口に酒をついでグビリと喉を鳴らせる。
「神は我々のすぐ近くにいます。神主も巫女も僧侶も、それを身近に感じられるよう、少し風通しをよくして差し上げるだけ。世の人々は、自分たちだけで生きていると思っていますが、それは違います。あるゆる災厄を祓うため、自らが犠牲となり、人柱となった人間もいる。ただ、知らないだけ」
「犠牲になったって、”総社”の人間がですか?」
 あえかは微笑を浮かべた。
「わたしの父と母も、その中にいます」
 がーん、と日和は衝撃を受けて畳の上に頭をこすり付けた。
「すんません師匠! 余計なことを!! オレのスーパーグレイト大馬鹿野郎!!」
「気にしません」
「それじゃ、相手はなんなんだ?」
 大沢木が尋ねる。
「まだ、わかりません。ただ、とても大きな”組織”。それも、この国のものではなく、外より来訪した異郷の者どもである、ということ」
「だから、今回の任務は重要なのじゃ」
 金剛はそういうと、赤ら顔を真面目な表情に変えて言った。
「奴らの正体を知る重要な手がかりをつかめるかもしれん」
「ですが金剛様。相手は奇妙な技を使います」
「ふむ。言葉を用いて相手を意のままに操る、という話か」
 金剛は顎に手を当て、「ふぅむ…」と唸って考え始める。
「言霊、やも知れぬ、な」
「言霊、ですか?」
「コトダマ、ってなんだ?」
 大沢木が尋ねると、金剛ははげた頭を蛍光灯の明かりにピカリと光らせ口を開く。
「言霊とは、言葉によってこの世のあらゆる現象に介入することじゃ。たとえば、春日、おぬしは次のテストで零点を取る」
「マジで!?」
 再びガーン! と衝撃に包まれる日和。
「どれだ! どのテストでだ!! やっぱ英語か!?」
「と、このように言葉ひとつで人の心は容易く乱れる」
 金剛は落ち込む日和から目を離し、説明を続ける。
「人の発する言葉というのは、それだけで力を持つ。ひとから明日死ぬと言われたなら不安になる。宝くじが当たるといわれればあたりそうな予感がしてくる。それが言霊。ゆえに昔の人間は言葉ひとつでも失礼に当たらぬよう一言一言を気をつけた」
「神道の中でも、忌み言葉として慶事や場所で避けられる言葉があります。それもまた、他人に不吉が訪れないよう言葉を戒めたものです」
 「猿」を「得手」と呼ぶ。「去る」を忌み言葉としたものだ。人よりま「さる」ことも「得手」と転じた。かつての「亀梨」区が「亀有」区と改名されたり、商家が「オカラ」となることを恐れて「卯の花」と言ったりする。「離婚」を「いとま」。「死ぬ」を「身まかる」。「刺身」を「お造り」など、忌み言葉は日常生活に浸透してすでに一般用語として定着している。



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