「二二拍手

第四話 式神演舞

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「そうですか。美鈴さんが」
 あえかはそういうと、湯飲みを置いて目を閉じた。
「師匠、”総社”って何すか?」
 日和の目にはもう涙はなかった。ただ、何かを決意した輝きだけがある。
「美鈴を連れ去った奴が言っていたんです。神父の格好してた」
「……”総社”ですか」
 あえかは目を瞑ったまま、低く繰り返した。ためらっているように見えた。
「話してやるが良い」
 外から声が聞こえ、酒瓶を持ったハゲ頭が、縁側からのそりを顔を出す。
「金剛様、よろしいので」
「すでにこ奴らは当事者じゃ。それに――」
 金剛和尚は、日和の顔を見た。
「決断した男は止まらぬよ」
「そうっす師匠。オレ本気っす」
 日和の言葉に、金剛はうれしそうな様子で酒瓶に口をつける。
「……”総社”とは、わたしと金剛様が所属する日本総社(ひのもとそうじゃ)のこと。日本(ひのもと)の秘宝と霊的なバランス。二つを守ることを目的に設けられた機関です」
 あえかは目を開き、一心に見つめてくる弟子たちに正直に説明した。
「もともとは、廃仏毀釈――明治政府が行った神仏判然令に端を発し、寺社消滅を恐れた仏教系組織『仏法武家』が、神社本庁の前身である『八百万の神民(かみたみ)派』へ歩み寄り、両者の総代表が合意して発足した機関で、明治政府了承の元に生み出されました」
「そんなモン聞いたことねえぜ」
 大沢木が口を挟み、あえかもうなずく。
「我らはあくまで隠れて日本(ひのもと)を救うもの。名声や金銭が目当てでやっていることではありません。多くの人はその存在を知ることすら無く一生を終えるでしょう」
「ワシらはボランティアじゃよ」
 金剛がぼやく。
「慈善事業ではありません。課された大切な仕事のひとつです」
「でも、何で隠しておく必要があるんですか?」
 日和の質問に、あえかは目を伏せた。
「……現代は”科学の時代”とされています。霊や神などを信じる者には、生きにくい時代です。伝統を守り衆生を守護してきた人々も、俗世のあからさまな軽蔑の眼差しに疲れ果て、家を捨て、名を捨てた者も大勢います。確かに科学は世界の秘密のいくつかを解き明かしましたが、それは薄皮一枚に過ぎません。この世には、まだ解明されていないことのほうがはるかに多いというのに」
「まぁ一部はワシらのせいでもあるがの」
 と和尚は呟いた。
「ただひとつのことしか知らぬがゆえに、奉りごとを神聖化して禁忌の帳に封印し、在家の人間からふんだくれるだけふんだくろうとする。まるで、廃仏毀釈が起きる直前の荘園のようにのう」



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