「二二拍手

第四話 式神演舞

 ゆっくりと首を振る姿に、わずかにあった期待がスコーン、と空のかなたへふき飛んでいった。
「僕はキミを殺したくはない」
「な、ならやめよーよ」
「それはできない」
 日和は涙目になった。
「ちくしょー! だったらオレもどけねーよ!」
「ヒヨリ、君は何もわかっていない」
 東正龍は、日和から視線をはずし、自分の横にいる鬼に目を向けた。
「正義とは誰もが為しえるものじゃない。行動を起こせる人間こそが可能なことなんだ。君にはわからないかもしれないけれど、そこの女が死ぬことで、世界が変えられる。そう、教えてくれた人がいる」
「ひ、人を殺して世界を帰るって言うのは、間違っていると思うんですが」
 びくびくと怯えながら、日和が口を開く。
「世の中には正義が足りない」
 断固として彼は語った。
「戦争で親を失う子供がいる。犯罪に巻き込まれて命を落とす人がいる。周囲から疎まれて死を望む人がいる。彼らは悪いわけじゃない。この世界が悪いのさ。だから、改革しなければならない。誰もが幸せとなる世界へ。平等になる世界へ」
 日和を見ると、決意した眼差しに変わる。
「そのための呼び水なんだ。君の後ろにいる女は」
「ち、ちがうって! こいつは南雲美鈴っていって! ガキの頃からオレの知っている」
「君は一面しか見ていない。誰もが担わされた責任を生まれた瞬間から持ち合わせている。生まれや育ちで運命が決まる。そして、そんな世の中は間違っている。僕は運命に抗う。誰も為しえなかった、正義を為しえる」
 東の目に、熱情とも取れる狂信的な感情が浮かんだ。
「僕が、世界を変える」
 東はそういうと、日和へと式符を向けた。
「さようなら、僕の親友。キミを犠牲に、僕は新しい明日を手に入れる」
 彼は式符を投げつけると、呪言を唱えた。
「我勧請す――神砕く顎もつ破敵の剣」
 日和の目の前で、符は巨大な蛇のようにうねりたち、青く輝く大きな一尾の龍となると、巨大な顎を開けて日和へと襲い掛かった。
「うぎゃあああ!!」
 日和が悲鳴を上げて頭を塞ぐ。
 その首に巻きついたペンダントがふつ、と千切れ、地面に転がった。
 夕日の明かりを反射し、鉄製の何の変哲も無いペンダントのロケットが虹色に輝く。輝きはロケット表面を飛び出し、極彩色にあふれた光が日和たちの前に50センチほどの丸い円を象った。
 それよりはるかに大きな龍がロケットが作り出した鏡へと吸い込まれていく。
「なっ!!」
 正龍が驚く前で、尻尾の先まで消えた龍は次の瞬間には頭から飛び出してきた。
 式主である東に向かって。
「くっ――!!」
 咄嗟に”緑道”を盾にするも、その右半分が食い破られる。残った左半分が断末魔の叫びを上げて龍を殴りつけた。長い尾が大きくくねり、車椅子に座る東を思い切り弾き飛ばした。
 絶叫し、壁に叩きつけられる。ひしゃげた車椅子が地面に落ち、東自身の体もずるりとその上へと落ちた。




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