「二二拍手

第四話 式神演舞

「ぐぁ!!」
 叫んだ彼の体を、虚空が切り刻む。どれもが切れ味抜群の刃物のようで、しかも見えない。よろめいて2、3歩後ろへ下がると、攻撃は唐突にやんだ。
「なんだ…!?」
「キミはこれが見えないんだね」
 東は手のひらを広げ、隙だらけの様相を見せた。
「まぁ、力任せで人を殴ることしか知らない人間はその程度かな」
「わけわからねえんだよ!」
 体中から血を吹き出させ、大沢木は怒鳴った。
 どうなってやがる。見当もつかねえ。何が起きやがった?
 だが、時間は稼げた。
 美鈴のほうを見る。
「何で逃げてねえんだ!」
 大沢木は怒鳴り散らした。
 走って逃げたと思っていた美鈴が座り込んでいる。呆然と。鬼の姿を大きく見開いた目で信じられないものでも見たかのように、身を竦ませている。
「くそ」大沢木は舌打ちし、東は皮肉を唇の端に浮べた。
「”緑道(りょくどう)”。先にその馬鹿女を始末しろ」
 濁った目が小さい標的を捉えた。
 目を向けられた美鈴が恐怖に硬直する。
 大沢木はすぐに走った。
 雄たけびとともに振るわれた拳が美鈴を捕らえる寸前に、滑り込んで抱きすくめる。
 宙を飛んだ。
 地面に叩きつけられた大沢木は、こみ上げてきた久しぶりの悪寒に手で口を塞いだ。粘つくような赤い液体が指の隙間から溢れ出る。血の味というのは、やはり鉄錆に似た味がする。まずいことこの上ねーな、と笑う。
「大沢木くん!」
 美鈴が大沢木に手をかけ、泣いている顔で覗き込む。
 ほら見ろ、いい女じゃねーか。
 大沢木は思った。
 態度には出さず、その体を押し返す。
「に、げ、ろ」
 言葉を話すのがつらかった。
「お医者さんに」
「医者など必要ないよ。君たちはそろって死ぬんだから」
「やめて! わたしが望みなんでしょう!?」
 美鈴は立ち上がると、震えながら言った。
「わたしはどうなってもいいから、大沢木くんを助けて! おねがいだから!」
(……美鈴)
 もう、声を出すことも億劫だった。
「僕に命令するのか?」



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