「二二拍手

第四話 式神演舞

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 大人の二倍あろうかという身長の巨人が、濁った目で東の脇にたたずむ。緑色の肌、太く長い腕、膨れた腹、鋭い牙に突き出た一本角。
 大沢木はさすがに笑えなかった。
「陰陽師に一般人が立ち向かおうとするのは、自殺行為以外の何者でもない」
 東は哀れみに唇をゆがめて大沢木に告げた。
「陰陽道とは最強の冥府魔道だ。かつての賢人によって究極にまで高められた理論体系、秘術、格式。すべてにおいてこれにかなう者など存在しない」
「ごちゃごちゃ言ってんな」
 大沢木は鬼の目を睨み返しながら言った。
「君が生きていられる時間を伸ばしてあげてるんじゃないか」
 東は哀れんだ声で告げる。
 この前の幽霊よりもタチが悪い、と大沢木は考える。喧嘩でガタイは破壊力。鍛えた威力はトンの威力だ。人間レベルならだが。
 あの体であの腕じゃ人間などよりずっと上だろう。想像などはしたくない。
「美鈴」
 大沢木は後ろの女生徒に声をかけた。
「逃げろ」
 片手で美鈴を押し出した彼は、果敢にも一人で鬼へと立ち向かった。
「馬鹿だね」
 東は鬼に命じた。
「ひねりつぶせ」
 緑色の鬼は身もすくむような咆哮をあげると、ドスンドスンと地響きを上げて獲物へと襲い掛かった。
 ハンマーのような拳が振り回される。それだけで拳風が巻き起こり、大沢木の顔に冷たい汗を流させた。
 夜ならば。夜ならば、こいつの相手だってできる自信があるのに。
(いや――)
 図体がでかいなら小回りが利かない。それに、こいつは兵隊だ。
 潰すなら、頭に限る。
 大沢木はフットワークを駆使して鬼の攻撃を見切ると、東のほうへと向かった。
 東は予期していた。
 目の前に式符を掲げると、広げた手の中で5枚に増える。
「我勧請す。五火に光る護身の剣」
 札がしゅぼっ、と音を出して消えた。
 大沢木には何もないように見える。
「もらった!」
 大沢木は拳を握り締めて突き出した。
 ぶしゅっ!
 その拳から血が噴き出す。何も無いはずなのに、まるで鋭い刃物に貫かれたような痛みが拳を襲った。



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