「二二拍手

第四話 式神演舞

 今は誰もいない。
 ……帰ったと思われたのかもしれない。
 美鈴はほっとした。
 それなら安心だ。明日謝って、直接教室で聞こう。そのほうが幾分気が楽だった。
「どこ行くんだい?」
 立ち去ろうとした美鈴の背後から声がかかった。
「僕はここにいるよ」
 キィ、と車椅子の車輪を鳴かせて、東が影から出てきた。教室でみせている柔らかな笑みではなく、傲慢をそのまま顔に貼り付けたかのような不遜な表情だった。
「東、くん」
 何かが頭の中で警告する。
「まったく、キミはなんて言う女だ。折角僕がセッティングしてあげた内山君との逢い引きを蹴ってしまうなんて」
 東は車椅子の上でにやけた笑みを張り付かせ、首を振った。
「彼は女性に飢えていた。キミなら適任だと思ったんだよ。縁がなさそうだったからね」
 東が何を言っているのか分からなかった。
「君の家系は子孫さえ残せばいい。たとえ豚のような子供だろうと、サキヨミの家系は血さえ絶やさなければ能力は引き継がれていく。それで十分だ」
「あずまくん、なの?」
 美鈴は、ようやくそれを口にした。
「あれは、東君がやったの?」
「あれ? どのことかな? キミのマネージャーに邪念樹を植え付けたことか? 式神で追い回したことか? 旧校舎の霊をけしかけたことか? 思いつくことが多すぎてどれか分からないな」
「なんで、こんな事をするの?」
「なぜ? なぜときた。はは!」
 東は天を仰ぎ、大きな笑い声を上げた。
「僕は青龍だ」
 唐突に笑うことをやめ、東は声のトーンを落とした。
「生まれたときからキミの守護者として枷に嵌められ、幼いころから陰陽道を学んできた。なのにキミときたら芸能界? なんだよそれは。そんな安っぽい場所に足を踏み入れ、僕らが血のにじむような思いで守ってきた伝統と格式をあざ笑うように潰そうとしている。全くたいした役者だよ。虫酸が走る」
 これが、自分を助けてくれていた副委員長の東だろうか。
 優秀で聡明で、誰にも優しく、美鈴にも優しかった彼なのだろうか。
 これが、彼の本性なのだろうか。
 目の前が暗くなった。
「ぼくが君を助けていたのは、キミがサキヨミの家系だからだ。君自身のためじゃない」
 優しく語り掛けてくる声が、トドメの一撃となった。
 美鈴の目から、大粒の涙が頬を伝って落ちる。
「くく。真実を知って落胆したかい? それとも僕に気があったのかな? やめてくれ。キミみたいな不細工、断じてお断りするよ」



Copyright (C) 2009 Sesyuu Fujta All rights reserved.