「二二拍手

第四話 式神演舞

「次に美鈴に手ぇ出してみろ。今度は殺してやる。半殺しじゃすまさねえ。本気で生かすつもりはねえ。死んでからすら後悔させてやる。分かったかッ!」
 と言って、大沢木は内山を蹴りつけた。
「やめて!」
 美鈴は涙を流して懇願した。
「おまえが泣く必要はねえよ」
 大沢木は自分でも驚くほど優しい声音で美鈴に声をかけた。
「こんな時間にどこ行くんだ? 保健室か?」
 大沢木は、美鈴が至極真面目な生徒だと言うことを知っている。日和や自分のように、サボるということが出来ない女の子だ。真面目だけで取り柄がないという奴がいるが、チャラチャラとしてブームに流されるだけの馬鹿女どもとは一線を画していた。
 芯を持っている女は強い、と大沢木は考えている。
 それを、彼は母親から学んだ。
「ついて行ってやろうか?」
 美鈴は眼鏡を外し、取り出したハンカチで目元をぬぐった。
「いい。一人で、いけるから」
 眼鏡をかけ直し、赤い眼で後ろを向く。
「そうか」
 大沢木はそれ以上何も言うことはなかった。
「気をつけろよ」
 そう言うと、彼は保健室とは別の方向へ歩いた。
 美鈴はこぼれ出てくる涙を一回一回眼鏡をとってはハンカチで拭きながら、保健室に辿り着いた。
 保健の先生はいなかった。
 誰もいないベッドに腰をかけ、堪えきれなくなって嗚咽を漏らす。
 誰もいない場所で、彼女は涙が涸れるまで泣いた。

 グラウンドで体育をしていた一年生の生徒は、保健室の窓のすぐ外で、座り込んで煙草を吸っている”狂犬”を見かけた。
 鋭い目を怖ろしく尖らせ、殺伐とした表情でテリトリーを護るように壁に張り付いた彼の姿に、教師にチクるなどという命知らずな真似をする生徒は一人もいなかった。




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