「二二拍手

第四話 式神演舞

 桜の季節はもう終わっている。遅咲きですらない。唐突に春が訪れたようだ。まるで現実味がなかった。

 倭にほわす 還り雛
 真祓のにわに あらましき
 とりえる椿 あわれなり
 」
 どこからか声が響いてくる。

 飛はぬ鳥見て なにとそ思ふ
 問はぬ姫みて あはれと思ふ
 日向かうたむけ 花化粧
 」
 桜が舞い踊る境内に、声だけがこだます。
 みすずは混乱した。
 これは何?
 誰の声?

 桃代篤き 八重桜
 萌える月にぞ 雲隠れ
 そらごと告ける 御柱の
 丙欺き 風よ送り火
 めでたき夜に かむあがらむ
 」
 風が吹いた。
 舞い散る桜が宙に渦を巻き、みすずを呑み込もうと押し寄せる。
「いや! なんで! なんでわたしばっかり!」
 悲鳴は桜に紛れて消えさり、彼女を覆い隠そうとする。
「とぅ!」
 そのとき、かけ声とともにヒーローが現われた。
 低い背丈、小さい背中、頼りない二の腕、ひょろひょろのシルエット。
「春日日和さんしょ――ぶぇ!」
 桜の花びらが口へと押し寄せ、彼はセリフの途中で埋もれた。
「とぅ!」
 日和は花びらの墓標から飛び出すと、みすずの前に立った。
「大丈夫か!?」
 二度目の失敗は犯さぬよう、ちゃんと考えて背中を向ける。
 花びらといえどバチバチ当たると結構痛かった。
「春日くん……」
 涙をためて見上げてくる可憐な少女に、鉄壁の日和の心が少しだけぐらつく。
(いかん! いかんぞ日和! おまえには心に決めた人がいるではないか! 浮気は駄目だ! 絶対駄目だ! 親父みたいに半殺しの目に遭いたくないっ!!)



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