「二二拍手

第四話 式神演舞

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「痛っ」
 靴も履かずに外に出てきたことに気づく。
 足の裏にめり込んだ小石をとると、親のカタキのように地面へ投げつける。小石は弾けて近くの雑木林の中へと消えた。
 こんな田舎の神社だというのに、からすま神社の境内はとても広かった。有名な出雲大社や伊勢神宮よりはずっと規模が小さいのかもしれないが、学校のグラウンドくらいはある。周りをうっそうと茂った木々に囲まれ、鴉や小鳥の鳴き声が始終こだましている。
 こんな広くて寂しい場所に、あえかさんは一人で心細くないのだろうか、とみすずは思った。たまに居候がいたりするけれど、あの人とあえかが親しく会話しているのを見たことがない。まるで、自分の仕事のときみたいに、必要最低限の義務的な会話を交わすだけのような気がする。この場所で一人きりで夜を過ごす。みすずは考えて、震えた。
 わたしには、耐えられない。
 目の前に羽ばたいて降りてきた雀が、首を傾げてみすずを見上げた。その可愛らしい仕草に、思わず微笑みを返す。動物は感情がないなんて言う人もいるけれど、そんなことはないとみすずは思っていた。犬や猫だって主人が落ち込んでいると、すり寄ってきて一緒に泣いてくれる。家で飼っているトムとムクが彼女の相談相手だった。
 芸能界に入ったことを後悔してはいない。マネージャーの笹岡さんは、誰より親身になって自分の世話を焼いてくれる。年上のお兄さんみたいな彼に、みすず自身甘えてしまう。だから余計に頑張ってしまう。期待に応えようと、張り切って仕事もする。彼が喜んでくれると、みすずも嬉しくなる。厳しいレッスンだってへっちゃらだった。
 わたし、欲張りなのかな。
 この神社へ来るのが、楽しみになっていた。春日とは昔から喧嘩ばかりしているが、ここでは美倉みすずとしてあけっぴろげに屈託なくつきあえる。本音で言い合える。学校では言えないことが、この場所では自然に口から出る。放課後のこの時間も、もはや彼女には無くてはならない大事なひとときだった。
 何もかも手に入れることは出来ない。
 何かを削らなければならない。
 喪わなければならない。
 喪うことは怖かった。さらにこれ以上何かを望めば、自分はどれかを()くしてしまう。そんな思いに駆られ、がんじがらめになって今の状況から抜け出せないでいる。友達を作る勇気を出せないでいる。
 近くに生えている()に背中をつけて空を見上げる。幾重にも生い茂る葉の隙間から見ることの出来る空は青く晴れていた。キラキラと輝く眩しい太陽の光に目を細める。
「……え?」
 みすずは呆然と声を上げた。
 つい今まで青々とした緑の葉だけだった枝に、花が咲いている。それは淡いピンク色で、小さな花びらを数多(あまた)に咲かせた花は間違いなく桜だった。
「なんで?」
 目をこすってみても、目の前の景色は消えなかった。それどころか、周りにある樹すべてに淡い花びらが咲き誇り、一面を桜吹雪が舞っている。



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