「二二拍手

三話 旧校舎の妖怪おどろ

「あれ、先生って、ガーデニングの趣味なんかあったんすね」
 日和が指さした先には、大きな葉をつけた鉢植えが三つほど、きれいに窓辺に飾られて置かれていた。
「ああ、それはオレの趣味だ」
「なんつー花っすか?」
「大麻だ」
「へー、大麻――へ?」
「輸入物の上等な品種でな。愛用している。こいつだよ」
 と言って、溝口は口にくわえた巻き煙草を示した。
「犯罪じゃないっすか!?」
「犯罪というものは国法に依存する。外国なら良くてこの国なら悪いというのはよくわからん。違法や合法が他人によって定められ押しつけられる。それが自分の正義や悪に反しているとしても従わなければ罰則や懲罰のペナルティを受ける。お前たち学生だってそうだろう。なぜ髪を染めてはいけないんだ? なぜミニスカートではいけない? 学校という社会が決めたルールに押しつけられて自己主張すら出来ない。”自主性を重んじる”などと称して生徒の中から取締役を決めて敵役を打ち立てる。ナチスのユダヤや魔女狩りの魔女と何が違う? 同族同志で殺し合い、それを見て笑う奴が居る。全く下衆な世の中だと思わんか?」
 饒舌(じょうぜつ)に語る溝口に向け、日和は「はぁ」とわかったようなわからないような返事を返す。
「意味がわからん、と言った顔をしているな」
「はぁ、オレ、勉強得意じゃないっすから」
 ハハハ、と笑う日和に、溝口は死んだような目を向け、ぽつり、と呟く。
「補習、やるか」
「いや! わかったす! もう完璧! そうっすよね、解せない世の中っすよね!」
「人は他人に迷惑をかけない限り自由だ。煙草が良くて麻薬が悪いか。くだらないパターナリズムで人類統制か、馬鹿馬鹿しい。嗜好すら強制された世界は、偽善と欺瞞に満ちている。正しいとされていることのどれだけが真実なのか。正義だって戦争に使われる口実に過ぎない。信じるものなど何もないよ。世の中は不平等に満ちている」
「でも先生、煙草だって今規制が入ってきてるっすよ」
 日和は唯一思いついた反論を口の端にのせる。
「……その煙草が全面禁止となれば、それにかかわる職種の人間は職を失くす。廃絶運動をしている連中は勝利に浮かれさわぐかもしれんが、その裏で何人が首を吊るだろうな。戦争だって同じだ。世界平和が訪れたなら、軍需産業に関わる人間が職を亡くす。結局、どちらも都合の良い落としどころに落ち着くのが最も良い。最善の結末とは、そう言うものだ」
 日和はハハハ、と乾いた笑いをあげた。
 自分の担任がこれだけ饒舌なのを見たことがない。
 しかも、戦争がよくて平和が駄目? とか言っている。教師として間違っていると思うぞ。
「先生の言ってることって、その、間違っているんじゃないかと思うんすけど……」
 口に出してみた。



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