「二二拍手

三話 旧校舎の妖怪おどろ

 ぱらぱらと木くずをまき散らしながら、肉包丁が引き抜かれる。
「どうなってんだよ!?」
 あえかに向かって怒鳴りつけると、彼女は厳しい目で日和のさらに後ろを見ていた。
「……貴方が、地縛霊ですね」
 長い髪の少女がうっすらと笑みを見せて微笑む。
「彼は今、取憑かれています」
「はぁ!?」
 大沢木はキレたように声を上げると、思ったより正確な日和の攻撃をかろうじて避ける。
「取憑いているのは、貴方たちと同じくらいの生徒。女性で、とても魅力的な美人ですわ」
「ありがとう」
 少女は微笑んで、指を真っ直ぐあえかに向けた。
 僕となった日和が、ターゲットをあえかに変更する。
 あえかは神札を取り出すと、祓串(はらいぐし)を床に立て、祝詞を唱え始める。
「高天原に神留坐す神魯岐神魯美の詔以て八百萬神等を神集へに神集へ賜ひ神議りに議り賜ひて――」
「ふふふ」
 まるで余裕しゃくしゃくに少女は笑うと、日和に向かって”首をかき斬れ”と命令する。
 日和は指示されるままにあえかに近づき、出刃包丁を振り上げた。
「春日君」
 冷たいあえかの声。
 日和の動きがピタリと止まる。
 蒼白い顔が土気色にまで変わり、ふつふつと顔中に汗が噴き出し始めた。
「すげぇ――これがホンモノのお師さんの技か?」
 感心する大沢木に向け、あえかは僅かに微笑んだ。すり込まれた”習慣”という呪文だ。」
 少女は不審そうに眉を寄せ、日和に向けて再度”命令”を指示する。
 あえかは涼しげな眼差しで、自分の愛弟子の顔を見据えながら、祝詞を唱え続ける。
 両者の力は拮抗していた。
 ぴくぴくと痙攣するように、日和の腕が前に後ろに行ったり来たりを繰り返す。
 次第に他の間接もぎくしゃくと動き始め、日和の目からどくどくと涙がこぼれ始める。
 なんだかとても痛々しい。
「――祓ひ給へ清め給へと申す事の由を天津神国津神八百萬の神等共に聞食せと恐み恐み申す」
 祝詞の完了したあえかは、胸に構えていた零符をサッと横一文字に引き裂いた。
 見えない波で空間が歪み、清浄に帰化された大気が少女の亡霊へと押し寄せる。
 少女は悟ったのだろう。
 恐ろしい金切り声を上げると、横の壁へと消え去るように逃げていった。浄化された空気がちりやほこりを振り払い、神社の聖域と化したかのように澄んだ空気が澄み渡る。



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