「二二拍手

三話 旧校舎の妖怪おどろ

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「悲鳴!?」
 あえかは千早(ちはや)の白い(そで)を翻らせ、足を止めた。
「大沢木君、聞こえましたか?」
「ああ。ありゃぁ、ひーちゃんだ」
 前を行く大沢木にも聞こえたようだ。
「どちらから聞こえてきたかわかりますか?」
「わからねえ。だが、()な予感がしやがる」
 大沢木は友人の声にただならぬものを感じ、焦りの表情を浮かべた。
「俺は幽霊ってのは信じねえが、どうもこの建物には妙なモンがいるってことにァ納得するぜ」
 赤い瞳を闇に走らせ、大沢木はうずく犬歯を指でごりごりと掻きながら言った。
「相手の狙いは日和君かみすずさん――霊媒体質の高い人間を狙ったようですわね」
 それも丸腰の相手を、あえかは胸中で付け加える。相手は頭も回りそうだ。
「俺はひーちゃんを助けに行く」
 駆け出そうとする大沢木を、あえかは留めた。
「むやみにちりぢりになっては相手の思うつぼです」
「アイツは俺の親友だ。止めるならあんたを殴ってでも助けに行く」
「どこにいるかもわからないのにどうするのです。探し回っているうちに手遅れになってしまうかもしれませんよ」
「捜さなかったせいで手遅れになるかもしれねえだろが」
 あえかと大沢木は互いに譲らず、自分の意見を主張する。
「こうなったしゃあねえよな」
 呟いた大沢木が、不意に気配に気づいて振り返る。
 日和が居た。
 思い詰めたように下を向いている。
「ひーちゃん! よかった。無事だったか」
 大沢木が手をかけようとすると、日和は後ろに回していた手を恐ろしい早さで振り回した。
 ぶぅん! と闇を切り裂いた出刃包丁の刃先が、大沢木の腕を切り裂く。
「く!」
 大沢木は人間離れした素早さで身を引くと、腕の傷跡に目を走らせ、致命傷じゃないと判断する。
 目の前の親友に眼を戻すと、警戒心を怠らずに声をかける。
「ひーちゃん、だよな」
 眼球は裏返って白い地を露わにし、開いた口元から念仏のような呟きが際限なくこぼれ出る。振り上げた手には大沢木の腕を切り裂いた分厚い出刃包丁。蒼白く死蝋のような肌をした日和は、大沢木に向けて同じように凶器を振ってきた。
 ちっ、と声を出し、大沢木は後ろにステップを踏む。肉包丁は空振りし、窓枠の木にズガッ、とめり込んだ。



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