「二二拍手

三話 旧校舎の妖怪おどろ

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「はー。はー。」
 全力疾走で逃げてきた日和は、燃え尽きたように床に座り込み、肩で息をしていた。
「……重かった」
「誰がよ!」
 顔を赤くして、みすずが日和の頭を殴る。暗闇で表情がわからないのがせめてもの救いだ。
「あたしだって歩けたもん!」
「その足でかよ」
 ぶるぶると震える膝を指さし、日和は疲れた声で言った。日和と大沢木は学生服に着替えていたが、みすずは私服の姿なので、ショートパンツから覗く足が露わだった。
「どこ見てるのよ! 変態!」
 みすずはもう一度殴ると、動けない足を両腕で抱え込むように座った。
「帰りたい」
「心配すんなよ。師匠が何とかしてくれるって」
 日和は安心させようとするが、顔を伏せたみすずは黙ったままだった。
 疲れていたので、日和も師匠が来るまで休むことにする。
 咄嗟に飛び込んだはいいが、ここはどこだろうと思った。教室にしてはひどく手狭(てぜま)で、どこかの準備室のようだと判断する。暗闇に慣れてきた目をこらすと、大きな棚があり、その中にはビーカーやフラスコが並んでいる。
 あえかが来るまで、じっと息を潜めておかなければならない。何しろ、日和には戦う手段はないのだ。懐中電灯さえあの騒ぎで落っことしてしまった。早く来てくれないとこの闇に押しつぶされそうだと思った。

 コツ……コツ……

 日和の耳に、誰かの足音が聞こえてきた。
 みすずの肩を揺さぶり、「もう大丈夫だ!」と声をかけると、手を引いて立ち上がらせる。
「師匠が来てくれたぜ!」
 コツ、コツ、という音が近づいてくる。
 人間にして少し軽い。
 日和は準備室から顔を出すと、音の聞こえてきた方向に耳を澄ませた。
「こっちだ」
 右側だと決めると、みすずの手を取って一緒に歩き出す。
 音が近づいてくる。
 歩きながら、日和の頭の片隅に、むくりと疑念が頭をもたげてきた。それは歩くたびに着実に膨らんでいき、つられるように歩みも遅くなってくる。
 そうだ。
 巫女装束の師匠は、いつも草履を履いている。



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