「二二拍手

三話 旧校舎の妖怪おどろ

「ほーちょー!!!」
 日和の叫び声に、あえかと大沢木が反応する。
 包丁の群れが襲いかかってくるのも同時だった。
 久しぶりに肉を切り刻める感触に狂喜しているかのように、あらゆる方向から獲物を狙う。
「避けなさい!」
 あえかが叫ぶ前に、各員はそれぞれ行動を起こしていた。
 大沢木は愉しそうな笑みを浮かべて前に進み出、日和とみすずは床を這うように移動する。
 あえかは祓串(はらいぐし)を掲げると、飛んできた一つをたたき落とした。かん、かんっ、と床に転がった包丁が日和たちの足元まで飛んでくる。日和は足でそいつを踏んづけた。目の前で動き出されでもしたらかなわない。
 大沢木は包丁に向けて掲げた指をクイクイ、と動かすと、襲いかかってくる刃を紙一重に躱した。暗闇に去りゆく前にその柄を掴み、自分の武器とする。もう一本も同じようにして別の手にすると、二刀流に構えた。
 襲いかかってくる包丁の群れを端から落としていく。
「やりますね」
 自分も祓串(はらいぐし)でたたき落としながら、あえかが感心して呟く。
 日和は思った。これはいかん! と。
 足の下でビクついている包丁に手を伸ばす。
 オレだって活躍せねば!
 足をぱっ、と放すと、空ぶかししていた自動車が急発進するように、フルスロットルで駆け上がってきた包丁が耳元をかすめて暗闇に消えていった。
「ちょっと! 大丈夫?」
 あまりの驚きに日和固まる。
 包丁の他にも、アイスピックやフライパン、果てはボウルやざるまでが宙に浮かんで襲ってくる。
「春日君! みすずさんを外へ!」
 あえかの叱咤で自分を取り戻すと、日和はみすずを両腕で持ち上げて逃げ出した。
「無理だ! 無理無理! だってオレ人間だもん! あんなコトできるわけ無いじゃん!」
 誰に対する弁明かわからない言い訳を叫びながら、脱兎のごとく廊下を駆ける。
 日和が無事逃げ出したのを見ると、あえかは大沢木に向けて声を張り上げた。
「大沢木君! 一度引きます!」
 数カ所ほど斬り裂かれた大沢木は、あえかに向けて「あ?」と、暗闇で爛々と赤く輝く眼を向けた。
「逃げんのかよ」
「このままでは此方が消耗するだけで相手側の絶対的な有利です。作戦を練り直します」
「まだ勝負は付いてねーんだぜ?」
「貴方は包丁やざる(・・)と戦って面白いのですか?」
 チッ、と大沢木が舌打ちする。
「それでは――」
 あえかが胸元から札を引き出した途端、宙を飛んでいた調理道具が急に動きを止めた。
 一斉に落下すると、大合唱のように様々な音が古い教室にこだました。
「……すげーな、お()さん。どんな隠し技つかったんだ」
 大沢木は手の中の包丁を適当に放り投げると、心の底から感嘆した声を上げた。
「わたしは何も――」
 あえかは整った眉を僅かに寄せると、唐突に気づいたように背後を振り返った。
 日和たちが出て行った扉が開いている。
「まさか――」




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