「二二拍手

三話 旧校舎の妖怪おどろ

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 白い影は「家庭科室」と書かれたプレートの下げられた教室へと消えた。
 あえかはピタリと壁に背をつけ、気配を伺った。普通、霊たちに気配など存在しないが、修練を積み、感覚を研ぎ澄ませた祓い師である彼女には、わずかな霊相の違いを感じ取ることが出来る。簡単に言うなら雰囲気。敵意や悪意といったものだ。
「いますね」
 追いついてきた自分の弟子たちにだけ、聞こえるような声で呟く。
「家庭科室って、なんか嫌な予感がするんすけど」
 日和は目に見えて引きつった顔で口をヒクつかせる。
「行きますよ」
 日和など眼中にない様子で、あえかは札を構えると、扉を一気に引きあけた。
 暗い室内。
 ライトを前に向ける。
 誰もいない。
 いや、何も居ない、と言ったほうがこの場合にはふさわしい。
 見た目には。
 整然と並んだ調理台は、足が腐って倒れているものもある。窓には板がバツ印に打ち付けられ、陽の光を防いでいる。最も今は夜なので、陽の光が差し込むはずはなく、夜の暗闇が僅かに見えるだけだった。傾いた黒板には、白いチョークで「カレー」とラクガキされている。
「何もいねーじゃねーか」
 大沢木がそう言いながら入っていった。
「あっ! 勝手に入ってはなりません!」
 あえかも注意しながら足を踏み入れる。
 日和とみすずは顔を見合わせ、どちらともなくそーっと足を忍ばせながらお邪魔する。
「きったねー部屋。俺の家よりヒデーな」
 大沢木は適当にあたりを物色し始める。
「老朽化しています。あまり触るのはよくありません」
 勝手な弟子の一人の行動に辟易しながら、周りに注意を向けるあえか。
 その姿にライトを向け、暗闇にライトアップされた巫女姿もなんか神秘的で素敵だ。と思う日和。
「ねえ」
 その袖がぐいぐい引っ張られる。
「なんだよ! これから暗闇のバスト・ショットを楽しむところだったのに!」
 邪魔された日和は、みすずに文句を言った。
「あれ、何?」
 みすずが指さした方向に、日和は渋々ライトを向ける。
 ギラ。
 ギラギラ。
 錆び付き刃こぼれした包丁が幾本もの刃をこちらに向け宙に漂っている。



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