「二二拍手

三話 旧校舎の妖怪おどろ

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 ひなびた校舎というのは、なんだかんだ言って迫力がある。
 立ち込めるカビとホコリの匂い。それと、なにかの薬品の匂いも混じっている。迷い込んだ羽虫の影。壁に掛けられたままの肖像画。それらは古びてもはや価値がないことは一目瞭然だが、それ以前に目が合いそうで怖い。窓の外をよぎる複数の影。よく見ればそれは大きく成長した柳の木だ。垂れ下った枝がおいでおいでをしているようで、やはり気味が悪い。
 みすずは相変わらず日和の手を握っている。日和の手は汗ばんで気持ちが悪かったが、今のところすがるものがこれくらいかないのが現実だった。いつだって少女は手に入るもので我慢するのだ。
 外はもう既に暗くなろうとしている。夜が来るのがいつもより早い気がした。気がついたら朝になっていればいいと思った。夜なんか来なくていい。暗闇は少女にとって一番怖いもので、毎日のように訪れる暗闇という怪物は、幼いころからひとのみで彼女を飲みこんでしまう。それに少しでも抗うために、部屋の電気を消すことはしない。真っ暗よりも、明るいほうがまだ救われる。暗い場所で何度も怖い目にあった彼女にとって、それは自身が取りえる最大の防御策だった。
 目の前には日和の背中がある。なんて小さくて心細い背中なのだろうと思った。男と言えば、がっしりとして筋肉がむき出して、無闇に小麦色に焼けた肌を想像してしまうが、目の前の男は白くてひょろひょろでビビリな上に、エッチだ。全然タイプではない、心の中で断言する。
「なんもでないっすね」
 日和があえかに向けて声をかけた。前を行くあえかと、日和の手には、リュックサックから取り出した道具の一つ、百円ショップで買った懐中電灯がまばゆい光を放っている。
「デマだったんじゃねーの?」
 大沢木はライトすら持たず、普段と同じように歩きながら言った。最近、夜目が利くようになったらしい。
「でも、幽霊騒ぎって昔からなくね?」
「おおかた、カーテンでも見間違えたんだろ。あれだ。幽霊の正体見たり」
「枯れ尾花」とみすず。黙っているよりは喋っているほうが気が楽だと気づいたようだ。
「それだそれそれ。幽霊なんてものはこの世に存在しねえんだよ。第一、俺は見た事がない」
 幸せな奴だ。と春日は思った。霊感が全くない人間には、真正面に居たって気づくことはないのだろうか。目に見えていないものは、存在しないのと同じなのか?
「霊はいます。貴方がここにいるのと同じように」
 あえかが大沢木に言った。
「俺は自分の目にしたものしか信じないタチでよ。お祓い、なんつーのも、いわば思い込みの激しい野郎を(カモ)にした一種の商売だろ? お守り一つでも渡しておいてやりゃ、安心するんじゃねーのか?」
 全員から冷たい視線を浴びた大沢木は、逆に「なんだコラ!」とキレた。この町では、霊感がないほうが珍しい。
「あっ」
 みすずが小さく声を上げ、日和の手を痛いほど握りしめた。
「いってぇ!」声を上げるほど。
 全員が前を向き、曲がり角へと消えていく白い影の姿を見る。
 あえかは駆けだした。日和とみすずもおいてかれまいとそれに続く。ワンテンポ遅れて、「待てよオイ!」と叫んで大沢木も彼らを追いかけた。




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