「二二拍手

三話 旧校舎の妖怪おどろ

 あえかは真面目に困った様子だ。
「あ、いや、違うんす。その妖怪ってのは――」
 日和が口に出そうとしたところで、『職員室』とプラカードがぶら下がった教室の扉が音もたてずにスィ、と開く。
 戸口に立った無精ひげと伸び放題の髪の毛。死んだ魚のように生気のない瞳。身につけている白衣に、割れた窓ガラスから入り込んできた夕日が血のように赤いデザインを作る。
 血まみれの亡霊のできあがりだ。
「おひょひょぅ!」
 日和は飛び上がってみすずにすがりついた。
「きゃぁぁぁぁぁぁあ!!」
 ばしんっ! と豪快な張り手が飛び、日和は壁に向かって押しつけられる。もろくなっていたのか、壁はぺきりと音を立てて人型に千切れて倒れた。
「おまえたち、何をしている」
 亡霊がのそりと動くと、彼ら3人の担任教師溝口おどろが現れた。
「あっ、先生!」
 みすずが声を上げ、そのあと慌てて口を閉じる。
 溝口は眼鏡をかけると、無精ひげの伸びた青ひげをポリポリと掻きながら、「おまえら不法侵入だぞ」と言った。
「学校は肝試しをするところじゃぁない。わかったらさっさと帰れ」
 曇ったガラスの奥があえかを捕らえる。
「……部外者の方も、立ち入り禁止願います。とくにアナタのようなコスチューム・プレイで生徒を怪しい世界へと引き込むような不健全な方は金輪際出入りを禁止願いたい」
「春日君。これが貴方の言っていた妖怪ですね」
 あえかは春日の返事も待たずに神札と払い棒を構えた。
「なんという凶悪な面構え。一刻も早く退治する必要があります」
 あえかの目は据わっていた。
「ここはワタシの住み処です」
「地縛霊はどこだって自分の住み処を主張するのです」
「ワタシは教師ですが」
「まだ未練があるようですね。早速春日君に取り憑いて襲ったようです」
 みすずは黙っていた。
「この建物は老朽化して壊れやすい。あまり暴れ回らないで頂けますかな。雨漏りがひどくなる」
 ぬぼぅ、とした表情で溝口はあえかの挑発を受け流す。
「その服は社を敬い神への礼を顕わす装い。穢れを厭う古神道では無垢を示すために家系の女性がその衣装を着て祀り事を行う。それは聖域で神に仕える者のみに許された化粧。(たわむ)れで着られれば神霊の怒りを買いアナタに不幸を成すでしょうな」
「戯れではございません。これは正式な衣装です」
「正式? では、本職が巫女の方ですか?」
「そうなりますわね」



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