「二二拍手

三話 旧校舎の妖怪おどろ

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「実は、我が校の旧校舎に取り憑いた悪霊を祓って頂きたいと思い、こうして参上した次第で」
 噴き出した額の汗を、物々しいデザインのハンカチで拭き取りながら、日和たちの通う月代高校校長三波田隼戸(みなみだはやと)は頭を下げた。
「旧校舎、と言われますと、廃棄された校舎のことですね」
「はい。そこに、いわゆる地縛霊というモノが取り憑いていまして」
 日和は大沢木に向けて小声で言った。
「旧校舎っていや、あそこしかねえよな?」
 月代高校の裏手にある古い木造建築の建物。旧月代高校の母体だ。戦前に作られたと言われているその旧校舎はもはや風雪に晒されて朽ちかけており、何度か新校舎建設の話が持ち上がったが、そのたびに幽霊騒ぎが出て頓挫している。生徒にとっては、勇気を試すにはとっておきの場所である。
「いっちゃんは、入ったことあるか?」
「いや、ないな」
 大沢木は非科学的なものを信じては居ない。たとえ先日あえかから、自分が『狗神憑(いぬがみつ)き』だと説明されても、合点がいかない。第一、彼には記憶がないのだ。暴走族にやられてから、この道場で目を覚ますまでの記憶がすっぽりと。
 彼がこの道場に通っているのは、当然、斃すべき好敵手がいるから以外にはない。
「あそこってさ、よく幽霊が出るとかいってて、クラスの奴が肝試ししてるんだよ」
「ふーん」
「ふーん、って興味ないのおまえ?」
「やめてよ」
 割り込んできた声に振り返ると、みすずが蒼い顔をして怒っている。
「幽霊なんて、いるわけ無いもん」
「なんだおまえ。幽霊怖いの?」
 有効な弱点を見つけたと知った日和は、チャンスとばかりに舌をつきだし目玉を上向かせて、手をぶらりとさせた。
「幽霊だぞー」
 バチンッ、と平手が飛んできた。
「うきょ!」
 あえかに負けず劣らず強烈だった。日和の目から涙が出る。
「い、いてーじゃねえか! 本気で殴るなよ!」
「あんたが悪いんでしょ!」
「ふざけただけじゃねーか!」
「春日君、うるさいですよ」
 あえかからたしなめられ、「なんでオレばっか」と愚痴って沈黙を守る。
「それでは、明日にでも」
「今日中に来て頂きたいのです」
 校長は身を乗り出すようにして、あえかの手を取った。汗まみれの恵比寿様みたいな好色顔が、あえかに近付く。



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