「二二拍手

二話 狂犬騒乱

 日和の声に振り返ると、獣が大きく口をあけていた。
「高天野原に神留坐す素戔嗚尊に奉る――雷の祝砲を」
 飛んできた札が黒い獣に張り付くと、強力に発光してその身を焦がした。か細い声を上げ、巨体が倒れる。
「間に合いました」
 巫女姿のあえかが札を構えて立っている。
「金剛様、お怪我は?」
「シショーぅぅぅ!!」
 その姿を見た日和が無防備にも突っ込んでいく。
 空中で掴まれると、裂ぱくの気合とともに彼の体は宙へと放り投げられた。
(ああ、この感触。本物だ――)
「ぐふっ」
 受身を取ったものの、今回のはかなり痛かった。床に背中をくっつけたまま、日和は金剛に向けて親指を立てる。
「こ、金剛サン、この師匠は、本物だ、ぜ……」
「春日……まさか、そのためにこのようなマネを……何たる自己犠牲の精神!!」
「違うと思いますよ」
 あえかは男泣きの二人に向けて冷たい視線を投げつけると、「遊んでいる暇はありません」と叱咤した。
「和尚! 彼を」
「うむ」
 けろりと涙を引っ込めた金剛は、倒れた獣に近寄ると、念仏を唱え始めた。
「ま、まさか、死んじまったのか!!」
 駆け寄ろうとする日和を制し、あえかは首を振った。
「そうではありません。見ていなさい」
 念仏を唱えつづける金剛の前で、黒い獣の体が次第に縮み、裸で横たわる少年の姿が現れる。
「いっちゃん!」
「むんっ」と、金剛が最後に気合を入れると、大沢木の首にちりん、と銀色の輪が現れた。
「これでよかろ」
 額の汗を拭いた金剛は、暴発してシリンダの弾け飛んだ輪廻式古銃――コルト・ネイピーレプリカを拾うと、あえかに向けて酒の抜けた顔で言った。
「この小僧の始末は任せる」
「はい。わかりました」
 ちりん、といくつもの輪が先についた錫杖を鳴らし、禿げた大男は去っていった。




Copyright (C) 2009 Sesyuu Fujta All rights reserved.