「二二拍手

二話 狂犬騒乱

 弾を無くしたのを見計らうと、獣はゆっくりと巨体を見せつけるように少年の元へとひたひたと近づいていく。
 少年は慌てて空になったリボルバーから弾を引き抜くと、ポケットから次の弾を取り出した。その一つ一つを入れることに時間がかかり、焦りの表情が次第に別の感情に変わっていく。
 装填し終わると安堵の笑みを浮かべ、銃口を犬に向けた。
「死ね! 死ね死ねッ!!」
 六発の弾が発射される。それらはすべて対象を打ち抜くことなく、壁や床に埋め込まれた。
 かち。かち。むなしい音が響く。
「どうなってるんだ! ぼくは強いはずなのに!」
 それが武器に頼った強さだとは、幼い頭では気づかない。
 黒い獣が堂々とした足取りで、少年の前にたった。
 恐怖の表情を顔じゅうに貼り付け、少年が銃を硬く握り締めて怯える。
 大きな口が開いた。
 勢ぞろいした牙が夜にもかかわらず鋭く輝き、長い舌が肉を食らう快楽に這い回る。
「うわ……ああああああああああああああッ!」
 目を閉じた少年の前に、金剛が割り込んだ。
「ふゥん!!」
 顎の上と下を腕でふさぎ、膨れ上がった筋肉にものをいわせて固定する。
 その体は金色に輝き、まるで成金趣味の銅像のような眩しさで暗闇を照らし出した。
 黒い獣がよだれを撒き散らしながら、目の前の金のオッサンの腕を噛み千切ろうと力を込める。だが、鋭い牙は腕にはいくらも食い込まず、逆にじりじりとあけられていく。
 金剛。
 またの名を不動金剛明王和尚。
 体内の酒成分を硬質化させ、ダイアモンドの細胞を形成する。体内に満ちた酒の量が濃いほどに体は硬質化し、いかなる刀も槍も通さぬ不動の身となる。金剛のみの特殊な性質だ。五式不動の宿世にあるものにしかこの世に顕現できない希少な能力である。
 馬力同士の戦いとなった。
 金剛は額に汗を浮かべ、黒い犬の顎をこじ開ける。
 黒い犬はよだれを撒き散らしながら、金剛の腕を胃袋に収めようと閉じきろうとする。
「やべぇ、オレだけ、ノンケじゃん」
 常識ハズレの事態に、日和はポツリそんな言葉をつぶやくのだった。
「和尚!」
 壊れた扉を乗り越え、白い羽織に朱の袴を着た女性が入ってくる。
「ししょぉォォォ!」
 日和はぶわっ、と目から涙をほとばしらせ、全力でダッシュしてその腰に取り付いた。
「怖かったよぅ!」
「よしよし」
 あえかは弟子の頭をなでると、柔らかくその手を解いた。」
「危ないから、下がっていてくださいね」



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