「二二拍手

二話 狂犬騒乱

「……頭おかしいのかババア」
「わたしは轟あえかと申します。春日君の師匠をしています」
「捨て腐れた拳闘術なんぞ通じるでも思ってやがるのか?」
「試してみれば宜しいでしょう」
 左手を突きつけたまま冷静に告げる声に、大沢木は身体を向けた。
「アマのボクサーも黒帯の柔道野郎も最後には頭下げて謝って来やがった。泣いて命乞いなんてしまらねえ真似しやがるから、腕の一本も壊してやったがな。あんたもそうならねえうちに謝るなら、半殺しにまけといてやる」
 あえかは、フ…、と薄く笑った。
 プチン、と大沢木の内側で留め金が外れる。
「後悔すんじゃねえぞコラアァッッ!!」
 百円玉を握りつぶすとこもできる握力で固められた拳が、線の細い身体に向けて吸い込まれる。肉弾凶器と畏れられる彼自慢の武器は、あえかのほお骨を粉砕する。
 はずだった。

――ビタァァァン!

(…へ?)
 道場の床の上に、受け身もとれず叩きつけられた大沢木は、暫く呼吸も出来ず意識をなくしかけた。
「――かはっ……はぁ! はぁ! はぁ!!」
 蒼い顔で起き上がると、喉をかきむしりながら空気を求める。
「な、なんだ今の」
「もう起きましたか。思ったより回復がお早いですね」
 あえかは彼の袖を掴んだまま、あでやかに微笑む。
「日頃から身体を鍛えているようですね。そうでなければ、初日の春日君のように気絶していたはずですが」
「……な、に、しやがった」
「『寸手投げ』と申します。我が武道の一端の技ですわ」
 あえかは何でもないように答え、腕を放すと少し下がってまた左手を構える。
「まだやりますか?」
「ふ、ざけんな」
 嫌な汗をぬぐいながら、大沢木は立ち上がった。
「いっちゃん! もうやめとけって!」
「黙ってろ」
 ”狂犬”のまなざしがあえかを完全な敵と見なし、潰しにかかる。
「そう来なくては」
 あえかは微笑みの中に冷笑を浮かべ、強気な挑戦を受け入れた。




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