「二二拍手

二話 狂犬騒乱

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「大沢木一郎君、即刻今の”探し物”の捜索をおやめなさい」
 道場へ連れてくるなり、あえかは二人を座らせ、真剣な表情で告げた。
「何で名前知ってんだよ」
 親友から睨まれ、日和は「まぁ聞けよ」と諭す。
「告げ口したのか」
「春日君は貴方のことを思い、わたしに相談してきました。告げ口ではありません」
「告げ口だろうが。ババアは黙ってろ」
「おま! 師匠になんてことを言うんだ!」
 日和は立ち上がり、あえかを指さすと吠えた。
「見ろ、このチチを! 二つの果実のごとくオレの目を引き込む瑞々しいこの双丘! これこそ、健全なる男子が求める唯一無二の――」
「黙っていなさい」
「はい」
 日和はおとなしく正座した。
 あえかは咳ばらいすると、道着の襟を内側へと引き込み露出を少なくする。
「へっ、色香で俺をたらし込むってか」
「違います」
 あえかの尖った視線が日和の胸にぐさりと突き刺さる。
「そうだろうよ。女が男に勝つには、それくらい卑怯な手が必要だからな」
「わたしは貴方のためを思って言っているのです。貴方の相手しようとしているのは、ただの人にたち打ちできる者ではありません」
 金剛の紙切れを渡した途端、あえかの態度が変わった。こんな事なら中身を見ておけば良かったと、日和は悔やんだ。
「人間じゃねえ。そうだろうよ。まともな奴が人殺しなんぞするはずがねえからな」
「概念的な話をしているのではありません。貴方では、勝てないと言っているのです」
 大沢木は立ち上がった。
「まったくの無駄だったぜ、日和」
「ちょ! 待てって!」
 日和が立ち上がるのを視線だけで制し、あえかには一瞥も向けず出口へ向かう。
「貴方は殺されるでしょう。カタキも討てず」
「あ? なんだコラ」
 ぴき、と血管を額に浮かべ、”狂犬”が振り返る。
「それどころかわたしにさえ勝てないでしょう」
「色香は俺に通じてねえぜ。日和には通じるかもしれねえけどな」
「ぐはっ!」
 日和は友人の一言に胸を押さえた。
「ハンデなど必要ありません。貴方のほうにハンデを差し上げましょう」
 あえかはすっくと立ち上がり、左手一本を差し出した。
「この腕一つで十分」



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