「二二拍手

二話 狂犬騒乱

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 自己嫌悪だ。
 自転車を脇に止め、学生鞄をカゴから取り出すと、からすま神社の階段を上る。
(どうして、オレはあのとき、いっちゃんに声をかけなかったんだ)
 死ぬかもしれない、と言われたとき、足がすくんだ。
 どいつもこいつも自分勝手。
 自分も結局は、そんな人間のうちの一人なのだ。
(情けねぇ。オレ、マジで腰抜けじゃん)
 階段を上りきると、「はぁ…」とため息をつく。
 そこには道着を着たあえかの姿があった。
「待っていました。春日君」
 普段の春日なら飛び上がって喜びそうなものだが、今日の春日はいつもより幾分シャイだった。
「師匠…」
「どうかされしたのですか? 顔色が悪いですよ」
 心配してのぞき込むあえかに、日和は限界に達した。
「師匠ォォ! その胸で泣かせてください!!」
 ビタァァァン!
「目が覚めました?」
 容赦なく弟子をぶん投げたあえかは朗らかに尋ねる。
「……意気消沈する弟子にこの仕打ち。ひどいっす師匠」
「ちゃんと受け身がとれたから良かったですね。修練のたまものです」
 微妙にかみ合わない会話に日和は身を起こすと、珍しく最初から道着姿でいるあえかを見上げた。いつもは日和が来るまで、お決まりの巫女衣装で常連客に愛想を振りまいているはずなのに。
「どうかしたんすか、師匠」
「昨日、わたしは貴方に何を命じたか覚えていますか?」
 あえかは腕を組み、微笑みを絶やさずおだやかに尋ねた。
「えっと、庭の掃除、でしたっけ? あっはっは」
「庭の掃除はわたしの日課です。貴方には修練を命じたはずです」
 日和は小動物が肉食獣を前にしたかのような錯覚に陥った。
「ち、違うんす! オレ、真面目に三〇分間型の練習をしようとしたんすけど、みすずの奴が――あれ? みすず、さんは、いずこへ?」
「今日、彼女はお仕事の都合で欠席するそうです」
 あの野郎。図ったな。
 と日和は考えたが、後の祭りだった。
 ここは素晴らしい言い訳を思いつき、肉食獣の注意を別にそらさねばなるまい。
「あ、あれっすシショー。オレ、親に頼まれてた用事があって、それを、思い出したんす」
「どのような用事です?」



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