「二二拍手

二話 狂犬騒乱

 大沢木は目の前に投げ出された小汚いシューズを見た後、首を曲げて内山のほうを見た。
 少しだけ腰の引けた様子を見せたが、クラス全員が注目しているのに気づくと、気を取り直して精一杯に虚勢を張る。
「……今の時代にあんなことするか、フツー」
 御堂の小声のあきれ声に、日和も全面的に賛成する。小学生だってあんなつまらないマネはしないだろう。
 大沢木は首を戻すと、何でもないかのように足の上を乗り越え、列の一番後ろの自分の席に付いた。
 内山たちは半ばほっとしたような、半ばやってやったぜ! みたいな顔で仲間内で盛り上がる。
「クールだ」
「ちょっと格好良くない?」
「割と顔かわいい!」
「好みィ」
 女子連中が騒ぎ出した。
 当てが外れた内山は、自分の行動が相手の好感度を上げたことにようやく気づき始める。
 大沢木は机につくと、早速鞄から本を取り出し、眺めだした。
 今週号の『スランプ』だ。
 志村がぴくりと反応する。
「おい、ヒヨリ」
 まだ小声を続けながら、志村は日和の制服の袖を引っ張る。
「おまえ友達なんだろ? だったらスランプのグラビアページを手に入れてきてくれ」
「……なんで久しぶりにあった友達への第一声が『スランプのグラビアページ譲ってくれ』なんだよ」
「今週オレ、”みっちー”の写真集買っちまって金穴なんだ。頼むよ」
「”みっちー”なー」
 日和は道場で同じ『真心錬気道』を学ぶ同門の徒のことを思い浮かべた。生意気。高飛車。あえか贔屓。苦手。良い言葉が浮かんでこない。
「おまえ、そろそろファンのり変えたほうがよくねえ?」
「ヤブカラボーになんだよ」
 日和は美倉みすずが自分と同じ流派の門弟であることは誰にも言っていない。親にも言っていない。喋ってしまうと破門すると笑顔で師匠に脅されたからだ。
 だから一生黙っている。
「頼むぞ! オレのグラビアコレクション後で見せてやってもいい!」
 微妙な報酬に期待ゼロで、日和は級友の元へと向かう。
 その前に別の人間が立ちはだかった。
「大沢木君」
 眼鏡の縁がギラリと輝く。
「学校にそんなものを持ってきてはいけません」



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