「二二拍手

一話 少女霊椅譚

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「まさか、ぼくのほうだったなんてね」
 笹岡は頭を()きながら、自分の影を見た。
「何となく、覚えてはいます」
「あれは、あなたの感情が凝り固まって出来た邪念樹(じゃねんじゅ)の念。仕事ばかりに目を向けて、相手を(かえり)みなかったせいで容貌(ようぼう)をなした化生(けしょう)です。」
 湯飲みをかたむけながら、あえかは微笑んだ。
「なにごとも、度が過ぎれば害を()す。万物の真理ですわ」
「みすずのためだと思っていた。自由な時間を一切ゆるさず、レッスンに収録、睡眠時間を(けず)ってまでがんばっている彼女に、僕は追い込むようなマネをしていたんだ」
 再度気をうしなった美倉みすずの額に手を置き、
「マネージャー失格です」
「…………」
 あえかは黙って緑茶を口に運ぶ。
「……僕はみすずのマネージャーを、降りようと思うんです」
 ひとり言のようにつぶやくのを、あえかは黙って聞いている。
「僕は仕事人間だから、これから先も、ずっとみすずに無理をさせていくだろう。そんな僕がこれ以上彼女についていたら、きっと身体をこわしてしまうに違いないから」
「わたしは、芸能界という世界をよく知りませんが」
 あえかは()んだ瞳で笹岡を見た。
「本人の気持ちの確認もとらないのは、良くないのではないですか?」
「もう決めたことです」
 笹岡は、()きものが落ちた顔で笑った。
「僕は、人を導くのには向いていない」
「そうでしょうか」
 あえかはコトリと湯飲みを置いて、自分の弟子を見た。
 まだ縁側で、煙に包まれている。
「わたしも人のことはいえませんが、最初からうまく教えられる人間はいません。弟子が成長していくように、自分もまた成長していく。それを途中でやめるのは、相手にとっても、ひどい裏切りに感じるのではないでしょうか?」
「…………」
 笹岡が黙るのを見て、あえかはほほをゆるませる。
「未練があるのなら、途中で投げだすべきではありません。必要なら、あなたが変わるように努力すればいい」
「ですが」
 あえかは、ぽんぽん、と布団を叩いた。
「あなたはどうですか?」
 はっと目を落とすと、美倉みすずがゆっくりを目を開けた。
「わたしのせいなの」
 彼女は笹岡に向けてたずねた。



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