「二二拍手

一話 少女霊椅譚

 老人の形をした顔がくわりと怒りの形相に変わると、はっきりとしていた輪郭がぼやけて黒い影のような霧につつまれる。
「ひとりで行けるか。”舞姫”よ」
「はい。金剛様の手をわずら(わずら)わさせるでもありません」
「ならば見物させてもらおう」
「何をごちゃごちゃ抜かしてやがる! その体をよこせぇ!!」
 影が巨大にふくらみ、あえかに向けて襲いかかってくる。
 あえかはタン。と足踏(あしぶ)みすると、ながれるような動作で移動した。
 タン。タン。二度足を踏むと、ゆるりと移動し、手をたたく。
 あえかをとらえようと、影からいくつもの手の形をしたモノが伸びる。それを優雅な仕草でかわし、また同じように足踏みと拍手をくりかえす。
 それは舞のようで、日和は倒れたままでぼぅと見とれた。
「おのれチョコマカと!」
「我乞ひ願ふ。根堅州國に鎮座せし寡黙なる醜女。黄泉比良坂の底の底より喚ひ掛けむ。まつろわぬ(たま)穢れ祓いて供物に捧げん」
 師匠の身体が淡い燐光(りんこう)に包まれる。邪霊の攻撃をかわしながら華麗に舞踊(ぶよう)を踊る姿はまさに”舞姫”の冠にふさわしい。
「穢れし魂に生の喜びを。逝くべき定めに一抹の哀れを」
「このアマぁぁ!」
 青い燐光に包まれたあえかは踊りが終わると構えをとった。
『真心錬気道』武の構えだ。
「あなたは自分の名前を覚えていますか?」
 あえかは優しく語りかける。
「とうに忘れたわ! そんなもの!」
 びりり、と道場が震えるような大音量で、邪霊が叫ぶ。
「致しかたありません。制裁に入ります」
 きりりと表情を引き締め、青い燐光につつまれたまま、あえかは邪霊へと正面につっこんでいく。
「師匠!」
 押し寄せる黒い手を的確にさばき、ふところへ入ると、静かに呼吸を合わせて拳をにぎりしめる。
「天誅!」
 まるで内部から破裂するように黒い影が吹き飛ぶ。現われたのは、最初に見かけたあの老人の姿だ。
 おどろいた表情をしているその姿が、みるみる大気に溶けるように薄く、()けて、陽炎(かげろう)のように消えていく。
「あーあ、徳が消えたわい」
 面白くもなさそうに、金剛がつぶやく。
 あえかは突きだした拳をゆっくり引っこめると、両手を合わせて息を吐いた。青い燐光は跡形もなく消えている。
「黄泉の国でお幸せに」



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