「二二拍手

一話 少女霊椅譚

「春日君」
「すいません正座つづけます」
 いつもより数倍冷たい声をかけられ、日和はゆるんでいた姿勢を正した。
「まったく、もう」
 困ったような声が実は耳に心地良かったりする。
「あの〜、すみません」
 玄関からとどいた声に、全員がそちらを向く。
 いつの間にいたのか、初老の老人が笑顔を浮かべて立っていた。
「道に迷いまして」
 気さくに声をかけてくる老人に、日和はぴりぴりしたこの空間を逃れたい一心で立ち上がりかける。
「あ、おれ、ちょっと道案内してきます」
 それを制して、あえかがやわらかく声をかける。
「それはご苦労さまです。いったいどこへゆかれますか?」
「天国へ」
 立ち上がりかけた姿勢のまま、日和がぽかんと口をあける。
「そうですか。ここは神域への入り口。確かに一番近い場所であるかもしれません」
「そうでしょうそうでしょう。ですからこちらに(うかが)わせていただいたのです」
「大変申し訳ないのですが、そのお頼みに答えることはできかねます」
「なぜです」
「徳が足りねぇのよ」
 酔っぱらいが横から口をはさむ。
「あんたにはまだ、(あがな)いきれてない(ごう)が取り()いてやがる」
「和尚、あまり刺激しては」
「業? はて。わかりませんなぁ」
 にこにこと笑う笑顔がどこか(いや)しげな笑みに変わる。
「納得できませんなぁ。なぜわたしがいつまでも彷徨(さまよ)わなければならない。なぜこんなにも苦痛を味あわなければならない。光がほしい。楽になりたい。いっそこの業、誰かに押しつけてしまおうか」
「師匠、これって!」
「はい。邪霊(じゃれい)になりかけていますね」
摩羅(マァラ)だぁな」
 あえかがすっ…と立ち上がる。
 日和も立ち上がりかけて――コケた。
「おおぅ、あ、あしが……」
「何をやっているのです」
「あんたたち、わたしを救ってくれんかね。この哀れな老人に、その温かい血と生身の体をくれんかね。嫌といっても(ゆず)ってもらおう。そうしなければわたしはわたしでいられぬ」
「死んでも死にきれぬそのつらさ、わたしにはわかります。気を静めなさい。(よこしま)なる芽を受け入れてはなりません」
「何がわかるというのか! この詐欺師どもが!」



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