「二二拍手

一話 少女霊椅譚

「……おぬしがこの土地を明け渡してくれるなら、出て行っても良い」
「またそのようなことを」
 廃仏毀釈(はいぶつきしゃく)、というのを知っているだろうか。
 明治時代、それまで仏教と神道は同時にうやまわれ、庶民に親しまれてきた。仏教は仏教なりの祭事を、神道は神道なりの祝い事祝い、海外と異なるこの国独自の宗教文化をつくりあげてきた。
 そういった関係から、二つの宗教はおのおの別々の教義をもつというのに、おなじ場所に寺院と神社が建立(こんりゅう)されるようなことも多かった。神社の境内(けいだい)につくられた寺社は”神宮寺(じんぐうじ)”と呼ばれ、正月初詣(はつもうで)に来たついでに仏閣へお賽銭(さいせん)を投げ入れる、というような神域巡りの風習もこのような時期から生まれた風習と考えられている。
 それを、明治政府は神道統一の号令の下に”神仏判然令(しんぶつはんぜんれい)”を決定した。外から入ってきた宗教を破棄(はき)し、日本古来の神道のみを唯一国教とすることを推進したのである。
 あまたにあった寺社仏閣は破壊され、”神宮寺”さえも例外ではなかった。社僧は位をうしない、在家の人間と同様にあつかわれた。それまで荘園を経営し、檀家(だんか)から尊敬と喜捨でうるおっていた生活が途端に家なし、財なしの浮浪者同然にあつかわれる。彼らにしてみれば、これ以上もない屈辱であったろう。
 金剛という僧も、その末路(まつろ)をたどった家系であった。
「この土地はワシの先祖の土地じゃ。ヌシがどういおうが聞く必要はないわい」
「勝手なことを言わないでください! それにそれ、わたしが買い置きしておいた御神酒(おみき)じゃないですか。同じ神職にあるものが盗みなど(はたら)いて良いと思っておられるのですか?」
「小娘、つまみがなかったぞ」
「そんなものはありません!」
饅頭(まんじゅう)でよいのに」
 僧侶ゆえに仏頂面をして、酒瓶を抱いて横になる。
「和尚!」

「がぁー! ごぉー!」



 わざとらしいいびきを立てて狸寝入りを決め込む金剛に、あえかはあきらめたようで元のように日和に目を向けた。
「仕方ありません。そもそも珍事一つに気を乱されるあなたが悪いとも言えましょう」
「そんな殺生(せっしょう)な」
「お黙りなさい。精神を統一し心を無にすれば気を乱されることはありません」
色即是空(しきそくぜくう)は仏教の専売特許(せんばいとっきょ)じゃ」
「……精神を神と同化させ、自然の言葉に耳をかたむけるのです。そうすれば心に平穏がたもてます」
 目をつぶったままの茶々(ちゃちゃ)にわざわざ律儀(りちぎ)に言い直し、あえかは日和に向けて声を荒げた。
「師匠、でもそろそろ足がしびれて」
「しびれが何です。正座で死ぬことなどありません!」
「小僧、仏教には座禅(ざぜん)という精神統一法がある。あぐらをかいて良いのじゃぞ」
「マジで?」



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