「二二拍手

一話 少女霊椅譚

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 からすま神社という場所は、鳴神坂という傾斜のきつい坂の上にある。自転車通学の日和にとって、神社へと行き着くまでが一種の修業じゃないかと考えているくらいだ。
 ギーコ、ギーコときしむペダルを精一杯に踏みしめ、汗だくになりながらこぎ続けるのは、誰が何というおうと苦行に他ならない。登頂したとしても自販機の一つもない場所からさらにからすま神社へと伸びる数百段の階段を歩いて(のぼ)らなくてはならず、最初の頃はたどり着いた時点で何もできずに休んで帰っていた。
 だがそれもこれも、かがやく笑顔のために。
 師匠はいい女だ。誰が何といおうとそこだけをゆずる気はない。その美貌(びぼう)が道場という密室空間においては、自分一人だけに向けられる。その至福のひとときのためだけにオレはこの強大な難関に立ち向かう。たとえそれが火の輪をくぐり抜けることだろうと(いと)わない。激流のなかに落ちたヘアピンを探すことだって苦ではない。
 だってそこにチチがあるのだから。
 男はいつだって自分にないものを求める。それは母性へのあこがれ。大人への階段。たどり着いた先で出迎える師匠。「今日も来てくれたのね」うるんだ瞳。「来てしまいました…」カッコつけるオレ。ハンサム度1.5倍。「いつもより1分も遅いから心配しての」「道ばたで傷ついた小鳥を見つけて治療していたのさ」「まぁなんて優しい人!」「優しくなんて無いよ。男はミンナ狼さ!」「わたしのすべてをあげる!」「ああ、全部いただきだハニー!」
 妄想していないと無事乗り切れるような距離じゃないのだった。
 坂の中腹でさしかかったところで、路上にいきなり女性が飛びだしてきた。
「うわっ!」
 とっさに反応できなかった日和は、避けようとしてハンドルをひねる。
 電柱があった。

 ごんっ

 かたい柱に額をぶつける。、
「ぐぬぬぬ……なんだってんだ畜生」
 涙目になって前を見ると、女性が倒れていた。
「まさか()いちまったのか!?」
「気をつけなさいよ!」
 女性は平気そうに起き上がると、服をはたきながら立ち上がる。
「なんだ、元気じゃないか」
 よく考えたら上り坂だ。自転車でたいしたスピードも出ているわけがない。
 サングラスにツバつきのニット帽。カジュアル服をうまく着こなした体は、大人の女性――少なくとも、日和の師匠ほどには遠くおよばない。
 同年代だろうと踏んだ。
「いきなり飛びだして来やがって何様のつもりだ!」
「そっちこそ失礼ね! 新作のパンツが汚れちゃったじゃない!」



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