「-HOUND DOG- #echoes.」

第一話 怪盗淑女

 ドクが助け船を出す。
「国策により多くの特許をもつというのにその一部しか公式発表されず、後から特許侵害だと訴えて金だけせしめるやり口に、どの国もあの国の国益第一主義に少なからず反感を覚えている。それに唯一、先発明主義をとり、侵害裁判はすべて米国法定内で裁き、他国特許を却下するというのはいささかやりすぎだ。そういう非道なやり口も含めて”怪物”なのだろう」
「へぇ、よく知ってるな」
「吾輩も煮え湯を飲まされた一人だからな」
 モニタに映った口元が皮肉に歪む。
「そういうことだ。奴らはハゲタカのような集団だ。そのハゲタカにサプライズが狙われた。これで賠償金など窃取されようものなら、”アガメムノン”は疫病神以外の何者でもない」
 如月も毒を吐く。感情を表に表すと言うことは、相当腹が立っているんだろう。
「それは分かりましたが、なぜ私なんです? 他に妥当な者がいるのではないですか?」
「君がこのご息女を助けたからだそうだ」
 言われて、人質に取られた怪盗ピンクを落下からかばったことを思い出す。
「――市民を守るのは、警察の義務です」
「立派なことだ。司法の鏡だな」
 先日と言っていることが違う、と思った。
「御息女は、君のその誠実な態度に対し、相応のお礼をしたいと言ってこれれた。その一環として融資と、ある技術の転用についての無断借用を許可すると申し出てくれた」
「とある技術、ですか」
「”ACTi”システムだ。あれは、北斗博士によりすでに先鞭をつけられたシステムでな。李が無断に借用し、己の開発実績として報告していた」
「李顧問が?」
「あれはクビにした。すでに顧問でもない」
 180度に回転した如月の態度に、ナムは苦笑する。
「トロルどもも根本的なシステム自体の権利を持つ人間がものを言えば黙るしかないだろう。奴らもしょせんは、副次利用者に過ぎない。今、現時点で無料となっているDzoidシステム自体を有料化すると言えば、どうなるかな」
 如月が笑った。
 その微笑みに真夏のクーラー並みの冷気が漂う。
「特許についてはよく分かりませんが――そんなことをすれば、他の企業も黙ってはいないのではないですか」
「冗談に決まっているだろう」
 ついさっき冗談は言わないと…、ナムは言葉を呑み込む。
「――私も仕事があります。あまり構ってはやれないかと」
「この国の法律では16から結婚の同意がとれる」
「は?」
「4年も期間があるだろう」
 意味が不明だった。
「君は独身だ。ちょうどいい」
「何がですか」
 我知らず言葉が堅くなる。
「それでは、あとは若い者に任せて私は退散する」
 見合い相手の付き添いのような暴言を残すと、瞬間移動のように素早く去る如月。
 カタカタというドクがキーボードを叩く音がむなしく響く。
 肩を落としているとナムに、突然少女はソファの上に立ち上がると、指を突きつけた。
「貴方は私の夫となるのですわ!」
 …………。
 自分は身を売られたのだな、とナムはようやく認めた。

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