「-HOUND DOG- #echoes.」
第一話 怪盗淑女
だが体内に入った有害物質はそうたやすく消化されない。 「ぐぞ」 涙と鼻水を垂れ流しながら、ナムはふらつく足取りで追いかけた。 場慣れしている。 去っていく背中を見ながら、かつての感覚がわずかにぶり返す。 たった一人で敵の中枢に潜入し、最適な手段で警備を無効化する。李を組み敷いた手わざも彼が知っているものだった。力の加減しだいで首の骨を折ることも出来たはずだ。 ミリタリーコマンド。 奴は軍属出身だ。 玄人相手が日本の警察では荷が重過ぎる。怪我人か、死人が出る前にカタをつけなければならない。 「あれま、もう終わり?」 スプリンクラーの雨の中でも速度を落とさず、気楽な声を鈴木が上げる。 「もっともつと思ったのにな。やっぱあんたは賢いや」 息を整える。 浅く、低く。 追いつくことだけに注力する。 鈴木が足を止めた。 迎え撃つようにナムを待つ。 ナムは走りながら銃を構えた。 M500Hの衝撃を腹の筋肉で支えこむ算段だ。 「まぁそう物騒な顔をするなよ。よろしくやろうぜ」 スラリと腰からナイフを取り出す鈴木。 その刃と同じくらいに、その目が尖る。 ズドン。 初弾はかわされる。 しまった、とナムは思った。 ナイフに銃では分が悪い。 距離をとって立ち止まる。 「アブねえ。日本のお巡りさんは犯罪者に友好的だと思ってたがね」 「あいにく俺は宮仕えじゃない。納税者への遠慮は無用だ」 「そうか、残念」 鈴木はナイフをゆらゆらと揺らせながらこちらに飛び掛る隙を伺っている様子だ。 その向こう側に死が見える。 しばらく前に、いつも見ていた幻影だった。 骨だらけで、がらんどうの目玉の中に獲物を捕らえようと虎視眈々と狙っている。 参ったな。 息を殺したナムは、手持ちの武器が銃だけしかないことを皮肉った。 警察なんだ。警棒くらいは持っておくべきだったか。 「あんたと仲良くダンスを踊りたいけど、今は後ろが詰まってる。早々にケリつけさせてもらう」 |