「-HOUND DOG- #echoes.」

第一話 怪盗淑女

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「久しぶりに来るな」
 サプライズの敷地内に足を踏み入れたナムは、無駄に広い駐車場にミニパトを置いて正門玄関への道を歩いていた。前時代的な彼の自家用車以外、停車しているのはほとんど様々なタイプのDzoidであり、一大見本市のように昼の陽光に輝いている。
 西新宿の一等地から車を飛ばし、環状線をはるかかなたに橋を渡って東京湾に埋立てられた水上地区へとでる。そこは、株式会社サプライズが島ひとつを買い取って作ったコングロマリットの総本拠地である。
 何人かの社員らしき人間とすれ違うが、ナムのほうを見ようともせず足早に自分の用事先へと向かう。
 一流企業で働くというのは、人間的な余裕をなくすというのは本当だ、とナムは来るたびに感傷にとらわれる。本社に常駐している人間はどこか感情的に欠落している気がする。
 同時に、昔は自分もそうだったのか、とも思う。
 7課に来る前は、彼も本社勤務の事務方だった。それも事務方の花形。社長付きの秘書であり、そのポストを狙う連中からは賞賛と嫉妬を一身に受けた。これだけの企業の社長秘書ともなれば、はめ込みパズルの予定表だけ埋めれば良いというわけはない。一攫千金を狙う輩や誘拐して横からカネを掻っ攫おうとするヤミ組織の相手もしなくてはならない。つまりはSP的な役割も担っていたわけだ。
 なぜ自分が選ばれたのかはわからない。たぶん、たまたま社長の目に留まったのだろう。当時付き合っていた女が社長の娘だったことも大きな要因なのかもしれない。
 その結果、ここにいる。
 恋人を裏切り、信頼してくれた社長を告発し、最も危険な場所へと左遷とばされる。
 後悔の2文字が浮かばなかったわけではない。ただ、誰かに道具のように扱われるのが嫌になったのだ。自らの意思を優先した結果が、7課へ飛ばされるという結果を生んだだけだ。
 忠誠心より、もっと重要なものを優先させただけだ。
(いかんな)
 彼は口元に持っていった指を見て苦笑する。禁煙したはずなのに、この場所に来るとどうにも昔のクセがでる。
 来客用の窓口がある建物へと入る。
 ひんやりとした冷気に産毛が立ち上がる感覚。冷房が効きすぎている。
「いらっしゃいませ」
 二人の受付嬢が営業スマイルで出迎える。確か、どちらかがアンドロイドのはずだ。二人とも作られた笑みは同じように人工的で、片方はポニーテイル、もう片方はボブカットだ。瞳の光沢にいたるまで完璧に再現されている。目元に浮かぶしわ、笑った口元に浮かぶ片えくぼ。人口筋肉の付着精度とガラス玉に投影され、識別される自分のID。
「”六道南無”様。特務7課所属ポスト”課長(section chief)”。今日はどういったご用件でしょうか」
「如月部長の要請により、開発登録コードはPKLFーC207−XXの警備にきた。入所許可をお願いしたい」

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