「二二拍手

第五話 ヤミヨミの神父

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「とぅ!」
 横から突撃してきた日和に押しだされて美鈴は地面に倒れた。
 凶器の右手は空振りする。
「春日」
 冷酷な目をした神父がまるで死を宣告するかのような口ぶりで、地に這いつくばる少年の名を呼ぶ。
「日和」
 美鈴が目の前にある顔の名を呼ぶ。
 彼女には、とても格好良く見えた。
 たとえ野ウサギのように全身ぶるぶる震えていようとも。
「逃げるぞ!!」
 日和は美鈴の手を取ると、当初の予定通り一目散に逃げ出した。
「無駄だというのにわからん奴らだ」
「ああ、わからねえな。頭悪いからよ」
 大沢木が片腕をぶら下げて行く手をふさぐ。
「ガキは黙って大人のいうことを聞いていろ」
「あいにく不良はそういうのが嫌ェでよ」
 脂汗を浮かべた狂相が、皮肉に笑う。
「なら指導してやろう」
「いっちゃん! やめとけ!」
 日和が立ち止まる。
「とっとと美鈴を連れて逃げろ!!」
「よそ見をするな。教訓その一だ」
 溝口は無事な方の腕を掴むと、軽くひねりあげた。
「いっちゃん!!」
「教訓その二。強いものに手向かうな」
 軽く力を込めると、露骨な破砕音が弾けた。
「ぐっ…!」
 歯を噛みしめて声を殺す大沢木。
「教訓その三。無駄死には親への最大の不幸だ」
 蒼い顔をした頭を髪の毛ごと掴むと、血管が浮かび上がるほどに強く締め付けた。
 人とは思えない絶叫があがる。
「いっちゃん!!」
「これ以上やれば、頭蓋骨が砕けるか」
 冷静に分析している溝口に、日和は恐怖と怒りの入り交じった顔を向けた。
 美鈴が腕を強く掴む。
「わかった! こんなモンくれてやらぁ!!」
 日和は聖書を思いっきり溝口に向けて投げた。
 届かずに地面に転がる。



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