「二二拍手

第五話 ヤミヨミの神父

「――やってくれたな」
「!?」
 ボディーブローが腹をえぐる。呻いた拍子に腕をとられ、人間が動かせる可動範囲と真逆の位置へと折り曲げられる。
 ボキリと折れた。
 大沢木が叫び声を上げる。
「足も折っておくか」
 冷静に告げる神父の溝口。
「こっちだこのクソ野郎!!」
 振り向くと、日和がリュックから取り出したライターに火を付け、聖書にかざしていた。
「馬鹿な真似はやめておけ。友達の命が惜しいならな」
 大沢木の片足に手をかけ、溝口が声を上げる。
「くっ!! いっちゃんを放せ!!」
 日和は人質である聖書をよく見えるように掲げた。
「燃えるぞ! 燃えちゃうんだぞ!!」
「その前におまえの喉をかき斬る自信がある」
 ぞぉ、と日和の顔が蒼白に変わる。
「そ、それが可愛い教え子に言う台詞でしょうか?」
「退職届なら昨日の消印で届いているはずだ」
 ふっ、と神父は笑うと、大沢木の足を持ち上げ、気合いの声とともに投げつけた。
 人のものとは思えない膂力(りょりょく)で、人間の身体がボールかなにかのように日和の元へと突っ込んでくる。
「えええ!!? そんなんアリ?」
 巻き込まれて地面を転がる二人。
「これ以上手間をかけさせるな」
 神父が日和たちの元へ辿り着くと、聖書はどこにもなかった。
 顔を上げたその先に、胸もとに教典を抱いている少女を見つけた。
「……返して貰おうか。”サキヨミの巫女”」
「い、いやです」
 美鈴は震えながら、近寄ってくる担任を見つめた。
「聞き分けのないガキは嫌いだ。趣味ではないが方法ならいくらでもある」
 溝口が片手を突き出し、ごきごき、と指を動かした。浮き出た血管が波打ち、武器のような印象を与える。
「せ、先生が、元の溝口先生に戻って――くれたら、返します」
「覆水盆に返らずという。一度行われた過去に戻ることなど出来はしない。任務の遂行が最優先でな」
 ヒュッ、と振った指先がまるで剣のように真っ直ぐに伸びる。
 美鈴は堅く目を閉じた。




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