「二二拍手

二話 狂犬騒乱

「うるせー」
 もぞりと、唇らしきところが開き、言葉を口にする。
 驚くあえかの前で、大沢木はむくりと身を起こすと、傷だらけの身体でしっかりと地面を踏みしめた。
「いっちゃん! よかった!」
 抱きつこうとする春日を押し返し、前方だけを見つめて言葉をはき出す。
「見つけたぞ。あの野郎。ゆるせねぇ」
 びくっ、とその凶相に日和は怯えた。
 ぎらつく目を闇夜に輝かせ、”狂犬”は歩き出した。
「いっちゃん! どこ行くんだよ!」
「狩り」
「かりって何を狩るんだよ!」
 日和の言葉はもう彼の耳には届かず、走ってすら居ないのにその姿はすぐ遠くまで去り見えなくなった。
「いっちゃん……」
 呆然とする日和の横で、あえかが壊れている社を発見する。おそらく、先ほどの騒動で壊されたのだろうと考え、この社の例を鎮めるために祝詞を唱えようとする。
「……?」
 反応がない。
 普通、社を壊された祖霊は猛り狂い、その地に災厄をまき散らしたり氏子に不幸を起こさせたりする。それを鎮めるために社を移動する際には地鎮祭を行い、一度社憑きの祖霊に断わりを入れ、奉り場所を入れ替えたりするのだ。
 それなのに、この社には心霊の宿っている気配がない。もぬけの殻だ。まさかはじめから奉る者のない社など建てる者も居ないだろう。
「どうして……」
 疑問を浮かべるあえかの瞳には、一抹の不安と、立ち尽くす日和の背中が映っていた。




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