「二二拍手

一話 少女霊椅譚

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 弓杜町(ゆみもりちょう)
 四方を山で囲まれた田舎町だ。ひなびた工場や(さび)れた商店街がいくつも建ち並び、瓦葺(かわぶ)き屋根の駄菓子(だがし)屋や公道を農業用自家用車でのろのろ運転する農家のオッサンがいる。そののんびり具合と正反対に、スーツにネクタイをしめた男性が30分おきに来るバスに乗り遅れまいと必死に走り去っていく。

 なんの変哲もない平和な田舎町だ。

 野良猫が退屈そうにあくびしている。目が合うと、「にあ」とのんきに()えて奥へと消える。憂鬱(ゆううつ)そうにくもった空模様を背景に、数羽のカラスがかあとも鳴かずに飛んでいく。赤いランドセルと黒いランドセルが並んで仲良く登校している。

 それらの一切がまがいものだとしたらどうだろう。

 朝の散歩で出かけているじいさんが、オレに向かって会釈(えしゃく)する。となりで友達としゃべっている女子学生がけたたましく笑い声をあげて手を振った。尿意(にょうい)をもよおした犬っころがそばにあった電柱にむけて片足をあげる。その電柱の影に隠れるように立つ男が、必死になって追いはらおうとしているが、犬っころはまったく気づいた様子がない。

(ありゃ、霊だな)

 そんな馬鹿な、などと一笑に()すことなど造作もない。
 だが、この町は唯一、その常識が当てはまらない場所なのだ。
 町に住む人間の霊感がいきなり高くなったのか、町そのものがそういったものを吸い寄せるのかはわからない。昔はおもしろがってマスコミ連中がいくつも(おとず)れたが、今ではそれにも()きて、たまに夏の特番くらいにしか取材に来なくなった。
 他の町に住む人は「(たた)られた町」だとか「戦時中に犠牲になった怨霊の呪い」だとかで薄気味悪がって近づきはしないが、オレはここが気に入っている。なにより自分が生まれた町だ。故郷の町がきらいな人間はいない。それに霊障(れいしょう)だとか呪いだとかも、この町に居着いた者にとってはノラ猫のいたずらだとかカラスの悪さだとかとおなじようなものだ。気にしなければ害はないし、慣れるということは受け入れるということだ。彼らだって生きている。

 いや、死んでいるのだが。

 まぁ、生まれながらに霊感が高いのがこの町の住人の特徴だ。霊感が高いといってもピンキリで、オレのように人と見分けがつけないほどはっきり見える奴もいれば、気配だけを感じる程度の人間もいる。
 慣れというのものは大事だ。子供の頃は夜がこわくて仕方なかった。足音ひとつ立てず、突然あらわれるやつらが怖いのだ。しかし次第に彼らもオレたちと同じ、現世に生きる主体のひとつなのだと考えてみれば、どうって事もない。ただ死んだあとの本能なのか、いたずらまがいにちょっかいを出してくるろくでなしがいる。それがいき過ぎたら、罰を受ける。



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