「キラー・ハンズ」
.第六話
著者 藤田拙修
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「最近、雨の降る回数が少なくなったと思わないかい?」 「梅雨にもかかわらずさ」 「憂鬱る回数が減ってしまった」 「雨が降らない方がいいという人が居るけれど」 「雨が降らないと物思いに耽ることもできない」 「人の心は思ったよりも天候に左右されるんだ」 「晴れの日より雨の日のほうが」 「人が死のうとする確率は上がる」 「明るい空の下より暗い空の下の方が」 「惨めな醜態を他人に晒さずすむからね」 「ようこそ。キラー・ハンドへ」 「この店は死を売り物にする店さ」 「へぇ」 「珍しい客が来たものだ」 「濡れ女」 「それとも子泣き爺かな」 「冗談だよ」 「化けてでてこないでおくれ」 「ぼくは死ぬまでの道案内はするけれども」 「死後の世界なんて信じちゃいないんだ」 「だってそうだろう?」 「今がうまくいかないからって」 「あの世に希望を見いだすのは馬鹿げている」 「人は未来なんて見通せない」 「それは今生にしろ来世にしろ」 「同じ事なのだからね」 「知ってるかい?」 「仏教におけるあの世の概念」 「天国にしろ地獄にしろ」 「それらはどれも同じ意味なんだ」 「浄土にいったからといって」 「酒池肉林に興じて暮らせるなんて思っている奴らは」 「無知の極みの阿呆どもさ」 「仏教の原典では涅槃に至るために日々修行することが求められる」 「ある人間は食うことをやめる」 「ある人間は針のムシロに座り続ける」 「ある人間は、答えのでない問いを永遠に繰り返す」 「それはあの世にいったって」 「同じ事さ」 「涅槃に至らない限り」 「無限のループを強いられる」 「天国というのは、その修行場のひとつ」 「終わりではなく、過程」 「そこに辿り着いても、終わらない」 「たとえ一時天国にいても」 「地獄に落とされるなんてよくあることさ」 「涅槃に至る人間は限られていて」 「ひょっとすると14万4000人なのかもね」 「くすくす」 「おや」 「どうしたのかな?」 「悪かった顔色が、なおさら悪いよ」 「まさか、天国にいって救われるとか考えていたクチかい?」 「ハハハ」 「間抜け」 「今更遅いよ」 「キミの目の前にいるのは死神だ」 「命乞いは効かない」 「何を言ってるんだ」 「扉を開けた時点で、覚悟は出来ていたはずだろう?」 「…………」 「イイ子だ」 「それじゃお代を頂こう」 「…………」 「悪いけど」 「これじゃ一人分足りない」 「ここは私鉄のバスじゃないんだ」 「殺しにかかる手間は、個体の数だけ同じ」 「これだけじゃ、人一人分しか無理だね」 「…………」 「そうだ」 「イイコト考えた」 「うん。これならつじつまが合う」 「ぼくが殺すのは一人だけ」 「わかるかい?」 「わからない?」 「そう」 「じゃあ」 「説明したげる」 「こうすればいいんだよ――」 (END) |