「キラー・ハンズ」

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       著者 藤田拙修

                                                  Sunday, December 15, 2007

 

 

 

 

 

 


「最近、雨の降る回数が少なくなったと思わないかい?」

「梅雨にもかかわらずさ」

憂鬱(しぐれ)る回数が減ってしまった」

「雨が降らない方がいいという人が居るけれど」

「雨が降らないと物思いに耽ることもできない」

「人の心は思ったよりも天候に左右されるんだ」

「晴れの日より雨の日のほうが」

「人が死のうとする確率は上がる」

「明るい空の下より暗い空の下の方が」

「惨めな醜態を他人に晒さずすむからね」

「ようこそ。キラー・ハンドへ」

「この店は死を売り物にする店さ」

「へぇ」

「珍しい客が来たものだ」

「濡れ女」

「それとも子泣き爺かな」

「冗談だよ」

「化けてでてこないでおくれ」

「ぼくは死ぬまでの道案内はするけれども」

「死後の世界なんて信じちゃいないんだ」

「だってそうだろう?」

「今がうまくいかないからって」

「あの世に希望を見いだすのは馬鹿げている」

「人は未来なんて見通せない」

「それは今生にしろ来世にしろ」

「同じ事なのだからね」

「知ってるかい?」

「仏教におけるあの世の概念」

「天国にしろ地獄にしろ」

「それらはどれも同じ意味なんだ」

「浄土にいったからといって」

「酒池肉林に興じて暮らせるなんて思っている奴らは」

「無知の極みの阿呆どもさ」

「仏教の原典では涅槃に至るために日々修行することが求められる」

「ある人間は食うことをやめる」

「ある人間は針のムシロに座り続ける」

「ある人間は、答えのでない問いを永遠に繰り返す」

「それはあの世にいったって」

「同じ事さ」

「涅槃に至らない限り」

「無限のループを強いられる」

「天国というのは、その修行場のひとつ」

「終わりではなく、過程」

「そこに辿り着いても、終わらない」

「たとえ一時天国にいても」

「地獄に落とされるなんてよくあることさ」

「涅槃に至る人間は限られていて」

「ひょっとすると14万4000人なのかもね」

「くすくす」

「おや」

「どうしたのかな?」

「悪かった顔色が、なおさら悪いよ」

「まさか、天国にいって救われるとか考えていたクチかい?」

「ハハハ」

「間抜け」

「今更遅いよ」

「キミの目の前にいるのは死神だ」

「命乞いは効かない」

「何を言ってるんだ」

「扉を開けた時点で、覚悟は出来ていたはずだろう?」

「…………」

「イイ子だ」

「それじゃお代を頂こう」

「…………」

「悪いけど」

「これじゃ一人分足りない」

「ここは私鉄のバスじゃないんだ」

「殺しにかかる手間は、個体の数だけ同じ」

「これだけじゃ、人一人分しか無理だね」

「…………」

「そうだ」

「イイコト考えた」

「うん。これならつじつまが合う」

「ぼくが殺すのは一人だけ」

「わかるかい?」

「わからない?」

「そう」

「じゃあ」

「説明したげる」

「こうすればいいんだよ――」

END




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