「キラー・ハンズ」
.第二話
著者 藤田拙修
Sunday,
「……10月19日午前一〇時頃、東京都練馬区のマンションから、会社員の男性が転落する事故がありました。亡くなった男性は証券会社勤務木ノ下一郎さん四〇歳。木下さんは当日無断で会社を休んでおり、なぜ同マンションにいたかも明らかになってはおりませんが、屋上に木下さんの私物とみられる荷物が置いてあったことから警察では自殺の線も含めた捜査が進められております。次のニュースです」 ピッ 「最近多いよねぇ。こういう事件」 「職業不安、てやつ?」 「自分の先行きが見えないってゆうか、見通しのない未来? この国が壊れかけてる証拠だよねえ」 「元々保証されている未来なんてどこにもないのにさ。あたかもそれが確実であるかのように考えてるのは、この国の住民独特なんだ」 「キミもそうだろ?」 「いらっしゃい」 「よくここがわかったね」 「ようこそ。『キラー・ハンド』へ」 「何を売り物にしているかわかっているなら、その玄関をくぐるといい」 「こっち側に入ってきた時点で、商談は成立だ」 「…………」 「ようこそ」 「地獄の一丁目へ」 「ここは死を売り物にする店さ。知らなかったとは言わせない」 「第一、手遅れだ」 「座りなよ」 「何歳?」 「19?」 「大学生?」 「高校生?」 「ああ、ぷーさんか」 「おもしろい響きだよね、ぷーさん。就職浪人のぷーさん」 「いったい誰がいったんだろうね。ぷー太郎なんて」 「アハハ」 「……怒らないんだねぇ」 「素直でよい子。その上従順」 「格好のいじめの対象だ」 「違うかい?」 「それで」 「お金は用意しているのかい?」 「三〇萬」 「毎度」 「……反論しないのは、良くないことだ」 「以心伝心って、言葉があるだろう?」 「この国人間は、ものを言わなくても、相手が悟ってくれると錯覚している」 「釈迦でもない限り、どだい無理な話さ」 「何のために人が言葉を喋るのか」 「相手に自分の意志を伝えるためだ」 「はっきり、明瞭に、自らの立場と行動を、理解させるために言葉を発する」 「そうしない限り、人は他人を理解できない」 「いや、違うか」 「他人の理解など、もとから出来ない」 「だが、少なくとも自分の存在を相手に知らせることが出来る」 「ゆえに、そうしないのは、自らの存在を消していることと同じなんだ」 「それは仮の死」 「自分自身で自分の存在を殺す」 「自殺行為だよ」 「さて」 「怖いかい?」 「それはみんな同じさ」 「生きている限り、本能から来る恐怖に、抗える人間などいない」 「最後になにか、言いたいことはあるかい?」 「…………」 「”死にたくない”か」 「うん」 「ちゃんと自分の意見が言えたね」 「おめでとう」 「それがキミの最後の言葉だ」 (END) |