「キラー・ハンズ」
.第拾四話
著者 藤田拙修
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「…………」 「…………」 「参ったな」 「体が動かない」 「こういった非科学的なものは信じたくないんだ」 「今の世の中、科学で説明つかないことは全部迷信として片付けられる」 「たった100年前まで当たり前に信じられてきたことが」 「切り捨てられて新しい考えに取って代わられた」 「人の心は移ろいやすく」 「五〇年前は戦争至上主義だった」 「三〇年前は資本至上主義だった」 「今では人権至上主義」 「あと十年もすれば、それも変わるだろう」 「ようこそ」 「キラー・ハンズへ」 「こう見えてもぼくは博愛主義なので」 「相手が何者だろうと追い返したりはいたしません」 「空飛ぶ円盤にのった人型惑星人の方だろうと」 「青白く透き通った存在感の希薄なご老人だろうと」 「お客であれば何人も受け入れます」 「ただし」 「ごく一般的な意見を申すれば」 「あなたのような類には用のない店ですよ」 「化けて出てくる」 「その時点ですでに、お互いにとって取引する価値がない」 「ぼくは肉体の専門家なので」 「切り離された霊体を相手にする商売はそちらのスペシャリストにお任せすべきです」 「えいや、と唱える生臭坊主でも」 「きえー、と叫ぶ霊能力者でも」 「お好きなところへお行きなさい」 「ぼくにとって客以外はどうでもいいことなんです」 「時代遅れの軍国主義国からミサイルが落ちてこようが」 「たかが風邪の類で大騒ぎして国を挙げて対策に取り組もうが」 「それは些細な事態に過ぎない」 「まぁ、滅びてしまえと思っているのは事実ですが」 「ほら、どこかのソシャリストでしたっけ?」 「人は友や家族がいなくとも生きていはいけるが」 「他人がいなければ生きていくことはできない」 「人も動物の群れと同じです」 「どれほど孤独な好きな人間でも」 「周りに同じ人間がいることだけは感じていたい」 「そう思っているモノです」 「まぁ人は」 「古生代から生きる甲殻虫とも渡り合えるほどに」 「それこそゴキブリ並みに生きることにしぶとく生き続けるでしょう」 「だから心配はいらない」 「何が起ころうともね」 「おっと話がそれた」 「だからあなたにはここから出て行ってもらいたい」 「ぼくは自由がほしいのですよ」 「体の」 「…………」 「そんな恨みがましい目をされてもねえ」 「ここは、他人の命を奪う場所ではありませんから」 「そういった類の」 「他人への恨み節を消化するためのお店ではないのですよ」 「向こう三軒隣に行ってください」 「…………」 「駄目ですか?」 「呪いというものは信じませんが」 「始終このような目でじっと睨まれていると」 「ストレスで頭がおかしくはなりそうですね」 「…………」 「へぇ」 「ソレハ大変ですね」 「無理矢理生かされているのは、なにより偽善に満ちた大罪です」 「自発的に生きることのできぬ者への延命措置は資本と時の浪費」 「目覚めない者に対し無駄に金を注ぎ込み」 「機会を耐える者の一縷の望みを一抹の願望で水泡に帰す」 「人も所詮簡便な機械に過ぎないのに」 「自分たちは特別だと思い込んでいる」 「思い上がりは破滅の一歩」 「どうやら終末は近いらしい」 「いえなんでも」 「わかりました」 「貴方のご要望にお応えしましょう」 「病院の場所を伺います」 「…………」 「結構」 「では現金を」 「……桜の木の下ですか」 「古風ですねえ」 「へそくりにしては気が利きすぎている」 「隠し財産ですか?」 「先に取りに伺いますよ」 「仕事上、後払いは認めませんので」 「気長にお待ちください」 「…………」 「ふう」 「ようやく行ったか」 「あんなものを見ると、死後の世界とやらもあながちウソではないと信じたくなる」 「久しぶりの出張か」 「日の光の下はキライだなぁ」 (END) |