「キラー・ハンズ」
.第拾話
著者 藤田拙修
「このところ競合他社さんが多くてね」 「ネットにたくさんの張り紙が貼ってある」 「仮想空間を飛び交う電子の掲示板に」 「いくつも軽快な文字でこう」 「誰かをさらってがっぽり儲け」 「強姦を経験して見ませんか?」 「ぼくと自殺はいかがでしょう」 「暗い世の中を明るく生きるのはとても大変なんだねぇ」 「明るいモニタの向こうにあるのは荒涼とした砂漠ばかり」 「世知辛いよねえ」 「ネットの闇からよくここを見つけたね」 「ここは当たり(▽沸点)だよ」 「キミの望みを叶える唯一の店さ」 「覚悟があるなら入りなよ」 「迷っているならその一歩を踏み出さないことをお勧めするよ」 「……ようこそ。キラー・ハンドへ」 「30萬」 「毎度」 「それは覚悟とは言わない」 「浅はかな愚行だよ」 「立った一度振り返るチャンスを」 「キミはもう、なくしてしまった」 「二度と陽の当たる場所に出ることはない」 「暗い地面の底が一生の寝床さ」 「なに。悪くはないだろう」 「蛙とウジと蚯蚓が友達だ」 「鬱陶しい人間じゃないだけマシだろう?」 「やかましくキミを叱ったり」 「ひどい罵声を浴びせて追いかけ回したりもしない」 「彼らは静かだ」 「静かにキミを侵食する」 「殴られたり蹴られたりして痛みに泣くこともない」 「刻み続ける鋭い針に尻をつつかれることもない」 「そこは悠久の静寂を約束する」 「さる高名なる偽予言者の経典に曰く」 「我々は元土くれなり」 「それが感情を持ったりしたから、余計なことに惑わされる」 「それは神の仕業だそうだ」 「まったく、余計なことをしてくれるよね」 「土から起こされたせいで、どれだけ罪と罰を受けねばならないのか」 「不条理な生を生きるより」 「怠惰な土の中が一番だ」 「そうだろう?」 「と、いうことで、ハイ」 「スコップ」 「これから掘りに行こう」 「わかってるよね」 「労働も、人に課せられた罰の一つ」 「誰のものかって?」 「ちゃんとぼくの話を聞いてたかい?」 「最後の労働くらい真面目にやりなよ」 「眠るのは疲れた後に限るだろ」 (END) |